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2013-07-12

楚々としたウィスパー・ヴォイス『Swansong for You』The Gentle Waves(2000年)


The Gentle Wavesは日本でも絶大な人気を誇るスコットランドはグラスゴーの大所帯バンド、Belle and Sebastian(ベル&セバスチャン)でチェロとヴォーカルを担当していたイザベル・キャンベルのソロ・プロジェクト。残念ながら彼女は2002年にベルセバを脱退してしまったけれど、このアルバムをリリースした当時はまだバンドに在籍していた。

私が初めて聴いたベルセバのアルバムは彼女がバンドを去った後のものだけれど(ああ、ベルセバに出会ったときのトキメキは一生の宝物だろう!)、後追いで過去のアルバムを聴いていくうちに、スチュアート・マードックのぼそぼそと呟くような優しい声に呼応する、透き通ったウィスパーボイスが心地良く、女の子のウィスパーな歌声に弱い私としては、イザベルはとても気になる存在になった。

インディー・ポップ、ネオアコ系と聞くと、90年代からの流れでどうしてもお洒落系アイテムに直結してしまいがちだし、日本でもベルセバというと大体がそのような認識だと思うけれど、ステージ以外で動く彼らのビデオを見ると、実に頼りなさそうな冴えない感じのお兄さんの集団で、お洒落どころかもしかしたらダサイのである。単なる田舎のお兄ちゃん、というレビューを昔の雑誌でも読んだことがある。まァそこがまた彼らを大好きな一因でもあるのですが。

最年少のイザベルはそんなバンドにおいてキュートなルックスでマスコット的な存在だった。カジ・ヒデキもメロメロで大絶賛していた!お顔はもちろんだけれど、スクールガール風のファッションも可愛いし、可憐で繊細な声を持ち、チェロを弾きこなし、ソングライティングの素質を備えた才女でもあるのだから。一時期ぽっちゃりしていたけれど、そんな彼女にも愛嬌があって親しみを感じてしまうもの。


『Swansong for You』はイザベルのソロ2枚目のアルバム。1stに引き続きベルセバのメンバーも参加している。イザベルをフィーチャーしたベルセバサウンドといったキャッチーな印象の1stに対し、本作は地味で聴く人を選ぶだろうけれど、イザベルの個性がしっかりと全面に出ている。無駄な装飾が剥ぎ落とされたシンプルなサウンドで、楚々とした彼女の声に満たされる。陰鬱でメランコリックなムードの曲が多いのだけれど、気が滅入るほどではないのはやはり砂糖菓子のようにふっと溶ける甘い声がバランスを保っているように思う。

しかしイザベルの場合はそんじょうそこらの雰囲気系ウィスパーヴォイスとはまた違っていて、自身で作曲もしてしまうのだから、内気な囁きヴォイスもどこか毅然としていて、一本貫いた強さ、可愛さの奥底に潜んだ魔力をも感じさせるのだ。ベルセバのイメージも手伝って、どこまでも神聖で不純なモノを寄せ付けない潔癖さが彼女の音楽にはあります。



スチュアート・マードックが撮影したという黒猫のジャケットも、レトロな60年代風のビデオクリップもイザベル(というかベルセバ)らしくて、ハートのど真ん中を貫く可愛さなのだ。



Swansong for You
Swansong for You
posted with amazlet at 13.07.11
Gentle Waves
Ais (2000-11-02)






2013-07-06

Jane Birkin ジェーン・バーキン 「Lolita Go Home」


以前書いたカヒミ・カリィの記事(彼女のいじらしいハミングはいつだって魔法のようだから)でも触れていましたが、「Lolita Go Home」は私にとって少し特別な曲。初めて聴いたのは中学生。歌っていたのはジェーン・バーキンではなくカヒミ・カリィだった。CMで見た姿にひと目惚れし、近所にあった中古屋のカヒミ・カリィのコーナーから『Girly』というアルバムをジャケ買い。当時はジャケットの謂れも、2曲がカバーだということもまったく分からぬまま、同じ日本人とは思えぬ綺麗なお顔と、それまでの人生で一度も聴いたことことのない不思議な歌声にすーっと引き込まれてしまった。衝動的に手に入れたCDが日本語の歌ではなかったので少し戸惑ったけれど。洋楽のCDも一枚も持っていない頃。フランス語とスペイン語の区別もつかなくて読めないのだし、そもそもフランス語を耳にすること自体が初めての体験に近かった。

最初に気に入ったのが2曲目の「Lolita Go Home」だった。ファッション誌で目にする「ロリータ」という単語が入っているという他愛のない理由から。(私は「CUTIE」と「ZIPPER」を購読していた。懐かしい!)ナボコフの小説は読んだことがなく、元々の意味など把握しているわけもない。勿論キューブリックの映画を初めて観たときも相当勘違いしていたのだし。当時は完全にファッション用語だと思っていたから、訳詞を見ても娼婦だとか紳士がヨダレなんて出て来るし正直あまりピンとこなかったけれど、「ロリータ、ロリータ・ゴー・ホーム」と口ずさむのには時間はかからなかった。ちなみに『Girly』の歌詞カードにはロリタ、と記載されている。ロリータともロリィタともロリヰタとも書けば、また違ったニュアンスになる日本語の妙。



ジェーン・バーキンのアルバム『Lolita Go Home』がリリースされたのは1975年。ジェーンはすでにゲンスブールとの連名で数枚のアルバムを発表していたけれど、このアルバムはすべての楽曲をゲンスブールが手掛けているわけではない。作詞は映像作家のフィリップ・ラブロによるものが大半を占める。「Lolita Go Home」はゲンスブール作曲、アルバムのオープニングを飾る曲。歌詞にはゲンスブールをそのまま連想させる紳士が登場するけれど、作詞を担当したのはラブロのようだ。

ジェーンの声はなんと形容すれば良いのだろう?私はウィスパー・ヴォイスが大好き!年代を問わずウィスパー・ヴォイスにはガーリーなイメージとノスタルジーが交差する。可憐で儚げな少女を思わせる、弱々しくどこかぎこちない歌い方。もちろんウィスパー・ヴォイスと言っても、砂糖菓子のように甘い歌声もいれば、涼しげな声もあるし、時には毒を持ったアーティストもいる。

ジェーンの声は衝撃的だった。ウィスパー・ヴォイスと括ってしまうにはあまりにも個性的で大胆だとも。官能的な吐息。ジェーンの歌声はジェーン・バーキンの声としか説明がつかない。ジェーンの魅力のひとつに英国訛りのフランス語がある。歌手としてのジェーンを評価する時にも、英国訛りのフランス語が掻き立てる効果云々など書かれていることが多い。正直私は発音のことはよく分からないので(初めて聴いたウィスパー・ヴォイスの女性歌手がカヒミということもあって、フランス語の響きと囁き声に親密な関連性を見出してしまいたくなるのだけれど)、やはりジェーンの歌声の魅力を引き出したのはゲンスブールの歌唱指導によるところが大きいのだと思う。官能ともの憂げな少女が綯い交ぜになったロリータのイメージ。もちろん単純にオツムの弱い尻軽娘ではなかったから、ジェーンは歌手として開花していったのだけれど。



YouTubeより、素晴らしい動画!(どうやら貼付けコードが無効のようです。こちらよりYouTubeへアクセスするとご覧になれます)「Lolita Go Home」を歌うマーメイドのようなジェーン、29歳頃。TV番組のようです。一瞬ですが、ゲンスブールの姿も映ります。借りて来た猫のような歌い方が特徴的だったけれど、この時期は自我も芽生えた感じのファンキーな歌い方。私はファッションやメイク、スウィンギン・ロンドン時代のジェーンに惹かれている時期が長いけれど、年齢を重ねて成熟過程のロリータというオーラのジェーンも大好き!

下記の歌詞は『Girly』より



みんなお上品ぶって あたしを振り返るわ
とくに女たち... どうしてかしら?
私の靴やソックスやスカートを じろじろみるの
そしてみんなあたしを"娼婦よ" っていうのが耳に入るわ
ロリタ、ロリタはお家へ帰る......

みんなどこまでもあたしを追ってくるわ
フリッパーの玉みたい
鉄の機械の中で
バカみたいにぶつかりあっている
あたしはバックの中に 厚紙も紐も全部つめたの
みんなの皮肉に もう耐えられなかったの
ロリタ、ロリタはお家へ帰る......

雨戸は閉まっていたけど あたしは視線を感じていたの
だからあたしは背を曲げて 駅へ行ったわ
みんな、あたしのことを
恐ろしいやつだったっていうと思うわ
あたしは 女たちがギッシリ列をつめて
コーラスを 叫んでいるのをみたわ
ロリタ、ロリタはお家へ帰る......

食堂車で あたしは紅茶を頼んだ
別に何もしていなくて
足を開いて坐っただけ
それなのに あたしの前で
老いぼれの紳士が よだれを流しているわ
そしてあたしは 汽車の音を聞いたの......
ロリタ、ロリタはお家へ帰る......



ロリータ・ゴー・ホーム
ジェーン・バーキン
USMジャパン (2011-05-11)



2012-12-16

スペイン産ウィスパー・ヴォイス、NIZA『ニーサ』(2003年)

とっても久しぶりにウィスパー・ヴォイスのカテゴリを更新します。

NIZA(ニーサ)は1998年に結成された、スペインはマドリッド出身のRobertとSilviaによるインディーポップ・デュオ。スペインといわれるとどうしても情熱的なラテン風の音をまず連想してしまうのですが、この人たちはネオアコ。基本は透明感のある軽いギターポップだけれど、打ち込みやダンス・チューンもあって、上品なサウンドの中にもおもちゃ箱をひっくり返したようなキラメキが詰め込まれています。そんな可愛らしい音を支えるのはSilviaのヴォーカル。爽やかな優しいメロディーに彼女の舌足らずなウィスパー・ヴォイスがのっかると、なんだか60年代にタイムスリップしたみたいな、懐古的な気分になれるのです。ダンス・ミュージックからソフト・ロック、フレンチ・ポップ、ボサノヴァの要素まで感じられるのがミソかな。そして意外なのですが、ヴェルヴェッツのカヴァーもやってたりします。




彼らのアルバムは2003年に日本盤『NIZA』が発売されていて、どうやら来日したこともあるみたいです。私がこのアルバムに出会ったのは数年前。近くのツタヤをぶらぶらしていたところワールドミュージックの棚にこのCDを見つけて、なんとなく試聴してみたらガーリーな声がカヒミっぽくて(カヒミよりだいぶ甘いけれど)レトロチックな可愛らしいサウンドもトミーフェブラリーみたいで大好きな音だった。聴いた瞬間に恋に落ちる音楽ってそう多くはないけれど、根っこのところは結局同じなんだなあといつも感じます。やっぱり私はウィスパー・ヴォイスが好きです。





NIZA
NIZA
posted with amazlet at 12.12.16
ニーサ
Rambling Records (2003-12-03)

2012-03-20

カトリーヌ、『エデュカション・アングレーズ』(1994年)


カトリーヌは女性の名前をしたフランス人男性。グループ名でもない。実際のところ、フィリップ・カトリーヌという男性と女性の名前を持ち合わせた(中性的で?)不思議な名前のようだけれど、これももちろんアーティスト名で本名ではない。フィリップ、つまりカトリーヌは日本では90年代半ばにカヒミ・カリィのプロデューサーとして知られるようになりました。最近だと映画『ゲンスブールと女たち』(2010年)にボリス・ヴィアンの役で登場し、一曲披露している姿が記憶に新しい。音楽活動のほうは『8番目の天国』(2002年)以降は追いかけていないのでよく分からないのですが、ここ2、3年のアーティスト写真を見たらすっかり変な(というか変態?かなり怪しい色モノっぽい)おじさんと化していて軽いショックを受ける。こんなに可愛らしいアルバムを作っていたフィリップ...どこへいっちゃったの?

そんなカトリーヌが十年前にリリースした2ndアルバム『エデュカション・アングレーズ(英国式教育)』(1994年)はお気に入りで何度も聴いていたし、今でもよく聴いている。ジャケットもすごく好き。カヒミ・カリィが国内盤のライナーを書いているというそれだけの理由で思わず買ってしまったのですが、自宅録音のあたたかみのあるチープなサウンドに女の子のウィスパー・ヴォイスが重なって、これはとても良いどころじゃない、最高に大好きなアルバムになるぞと聴いた端から思ったものです。


国内盤はボーナストラックも含めて19曲収録されているのですが、その大半が2分足らずと短くて、しかもフィリップ本人はほとんど歌っていません。それならば誰が歌っているのかというと、フィリップの妹のブルーノとフィリップのパートナーであるアンヌという女性二人がヴォーカルをとっています。面白いのはこの二人はカトリーヌの正式なメンバーというわけではなくて、カトリーヌの作った音楽にちょっとばかり参加したという感じだそうで、このラフさ加減と彼らの密な関係がサウンドにもうまく反映されているように思います。

一曲一曲が短いのと、アンヌとブルーノの対照的なヴォーカルが交互に並んでいるところに、どこか対話のようなイメージを受けとることができます。アンヌはコケティッシュでガーリーなウィスパー・ヴォイス、ブルーノは低音で曇り空のようなどんよりとした気怠さを思わせる声、そこにフィリップの男性にしては高音な声でコーラスが入り、まるで三人が気ままにピンポンでも楽しんでいるような、そんな穏やかな日常風景が浮かんでくるみたい。いつもどこへでも、ポケットに入れて持ち歩きたいような可愛い曲ばかりで、本当にずっと大好きなアルバムです。



エデュカション・アングレーズ
カトリーヌ
ポリドール (1995-03-13)

2012-03-19

正統派フレンチ・ロリータ、コラリー・クレモン『ルゥからの手紙』(2001年)


コラリー・クレモンは、フランス本国では21世紀のゲンスブールとも名高いミュージシャン、バンジャマン・ビオレーの9歳年下の妹で、兄のプロデュースのもと2001年にデビューしています。デビュー時の彼女はまだ大学在学中で、才能豊かな兄の後ろ姿を見て育ち、さらには同じ道を追いかけるといった形で、歌手としての才能を発揮、もしくは兄の手によって開花させたようです。彼女の一番の魅力は60年代のフランス・ギャルやフランソワーズ・アルディを彷彿させる舌足らずでどこか気怠いような雰囲気を持つウィスパー・ヴォイスで、これがもうウィスパー・ヴォイスマニアとしましては、最高の掘り出し物(といったら失礼かもしれませんが)で、長い間待ちわびていたウィスパー・ヴォイスのミューズといった感じの女の子。ジェーン・バーキンやヴァネッサ・パラディに連なる正統派フレンチ・ロリータを思わせます。しかし彼女はジェーンのようにセクシャルでもヴァネッサのように小悪魔的な存在でもなく、健康的な普通の明るい女の子といった印象で、そのことは等身大の女の子の気持ちを歌う傾向の歌詞にもあらわれているように思います。

彼女はこれまでにアルバムを3枚出していて、『ルゥからの手紙』(2001年)『バイバイ・ビューティー』(2006年)『Toystore』(2009年)、これらすべてのアルバムを兄のバンジャマン・ビオレがプロデュースしています。私はデビューアルバム『ルゥからの手紙』がもっとも好きで、アコースティックな楽器に彼女のウィスパー・ヴォイスが重なるだけの全体的にシンプルな作りになっているのですが、彼女の一番の魅力である歌声を最大限に味わいつくすことができる最良のアルバムです。彼女は少し早口で歌うところがとっても可愛い。『ルゥからの手紙』は秋に似合うアルバムで、落ち葉の舞う夕暮れ時なんかに聴くと最高の気分です。

2枚目以降はがらりと雰囲気が変わってロックになり、とはいってもやかましいほどではなくて、肩の力の抜けたような脱力系のサウンドが多く、ガーリー・ロックという言葉が当て嵌まりそうな爽やかでキュートな楽曲に仕上がっています。ウクレレやピアニカなどの楽器を詰め込んだ3枚目も遊び心も感じられて悪くはないのですが、彼女の魅力はやはり声だと思うので、琴線に触れるようなメロディーをさらりと歌ってもらいたい。そういう意味で、やはり彼女はデビューアルバム『ルゥからの手紙』ですでに完成されていたように思います。同じ82年生まれというだけの理由からまたもや勝手に親近感を抱いてしまっている私ですが、次のアルバムも楽しみです。


上の動画に流れるのは『ルゥからの手紙』に収録されている楽曲なのですが、ちょうどゴダールの『女と男のいる舗道』のアンナ・カリーナをフィーチャーした素敵な動画があったので。


ルゥからの手紙
ルゥからの手紙
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コラリー・クレモン
EMIミュージック・ジャパン (2002-05-29)

2012-02-22

The Postmarks『Postmarks』(2007)

昨日のマーゴ・ガーヤンの記事を書くにあたってふと紙ジャケの帯を見たら「窓ジャケにハズレなし!」という堂々たる宣言文が。本当のところどうなのかよくわかりませんが、EMI、BMG、ユニバーサル、ソニーの4社による合同再発企画ジャケガイノススメシリーズ第3弾ということで、まあこれは今日の投稿にはまったく関係のない話なのだが、窓ジャケでふと思い浮かんだのが、マイアミ出身の3人組、ザ・ポストマークスの1stアルバムなのだった。ウィスパー・ヴォイスつながりということもあって今日はぜひとも紹介したく思います。


ザ・ポストマークスは男性2人に女性1人の3人組によるインディーズバンドで、紅一点のボーカルはティムという男の子の名前を持った可愛らしい女の子。そう、例の窓ジャケでガラス越しにアンニュイなポーズを決めているのが彼女で、彼女のウィスパー・ヴォイスがもう絶品なのです。彼らは2007年にアルバム『postmarks』でデビューしましたが、tahiti80、James Iha、Brookvilleという錚々たるメンバーが名を連ねたリミックス音源が出たことからもわかるように、どこか大物になりそうな予感はデビュー当時からあったようです。

不思議なのはマイアミ出身のグループなのに、初めて聴いたときはフランス・ギャルの時代へタイムスリップしたような錯覚をおぼえたこと。ボーカルの舌足らずのようなつたない歌い方はフレンチ・ポップを聴いているような感じなのに、キュートな女性ボーカルにしては珍しく底抜けに明るい印象の楽曲がまるで見当たらない。なぜならティム嬢のボーカルは低音が素晴らしいからだと気付かされる。上品でシックに歌い上げたかと思えば、低音部のウィスパー・ヴォイスはさらにも増して幼さを感じさせるのですが、ノスタルジックだけれど決して感傷に浸るだけでは終わらせない独特のイメージをこのバンドにもたらしているようです。彼女の歌声がメランコリックな曲調に重なるとどこか北欧の風を感じさせるような雰囲気でもあり、このウィスパー・ヴォイスはほんとうに魅力的!「消印」というバンド名にも胸がときめく。




ザ・ポストマークス
ザ・ポストマークス
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ザ・ポストマークス
ビクターエンタテインメント (2007-05-23)

2012-02-21

私の好きなソフト・ロックのアルバム(4)マーゴ・ガーヤン『テイク・ア・ピクチャー』(1968)


クロディーヌ・ロンジェとならんで大好きな、ウィスパー・ヴォイスの持ち主であるマーゴ・ガーヤン。クロディーヌの歌声ほどガーリーな甘さはなく、どこかフランソワーズ・アルディーの持つ知的さと物憂げな雰囲気を彷彿させる歌声の持ち主なのですが(アルディよりも明るく前向きな印象の曲が多いけれど)、大学在学中にアトランティック・レコードと契約を交わして一度はレコーディングを行うもうまくいかずにシンガーとしてのデビューを見送られたという経歴があります。しかしその時に同レーベルのジャズ・シンガーにマーゴのオリジナル曲を提供するという形で、ソングライターとしてのキャリアをスタートさせています。そして彼女もまた、ビーチ・ボーイズの「God Only Knows」『ペット・サウンズ』に影響を受けたアーティストのひとりでありました。

マーゴ・ガーヤンはこれまで生年月日は公表されていないが、おそらく1940年代前半〜半ばにニューヨークの郊外に生まれ、両親の影響で幼い頃からピアノを習うなどして音楽に親しんでいた。大学時代にジャズに傾倒し、プロのソングライターとしての活動もジャズの世界であったのだが、あるときピアニストの友人からビーチ・ボーイズの「God Only Knows」を聞かされ、深く感銘し衝撃を受ける。この出来事がマーゴをジャズに傾倒して以来疎くなっていたポップスの世界へと向かわせることになった。

1968年に彼女はシンガーとして唯一のアルバム『Take A Picture』をリリースしますが、売上げはあまりふるいませんでした。しかし彼女の曲をカバーしたアーティストは数知れず(アストラッド・ジルベルト、マリー・ラフォレ、クロディーヌ・ロンジェ、スパンキー&アワ・ギャング、セイント・エティエンヌ、我が日本ではピチカート・ファイヴなどなどなど...)ソングライターとして注目を集めることになる。マーゴはアルバム一枚を発表したあと結婚して第一線からは立ち退き、ピアノの先生として活動していたようです。


ビーチ・ボーイズに影響を受けたといえども、マーゴのアルバムはこの時代を彩っていたハーモニーを効かせたサイケデリック調のロックとはまた趣きが異なります。マーゴの出世作でそのほか多くのカバーがある1曲目の「Sunday Morning」や5曲目の「Don't Go Away」などは特にマーゴお得意のジャズの要素が色濃く反映されたナンバーだし、なんといってもやはりマーゴのハスキーなウィスパー・ヴォイスで歌われる歌詞の内容が、セックスとドラッグによる幻想(幻覚?)がもたらす少年の悶々とした苦悩を歌った当時あまたのバンドのものとはまるで違うからで、マーゴの歌詞はどの曲もポジティブで普遍的な愛を歌っています。そんなマーゴに私はキャロル・キングを重ねてしまうのですが、マーゴの世界は可愛らしい歌声ゆえに少女の持つ繊細さや脆さも感じさせるのです。もちろんこのアルバムがリリースされた当時マーゴはもはや少女とよべる年齢ではないと思いますが、なにせアルバムのジャケットが本当に可愛いらしいので(というかこの時代の女性って私にはみんな可愛くみえるんですよね)、数少ないマーゴの写真を拝見しながらまたうっとりしてしまうのでした。








TAKE A PICTURE
TAKE A PICTURE
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マーゴ・ガーヤン
プライエイド (2000-06-21)

2012-02-20

私の好きなソフト・ロックのアルバム(3)クロディーヌ・ロンジェ『恋はみずいろ』(1968)


クロディーヌ・ロンジェ(1942年-)はウィスパー・ヴォイスの世界最高峰とも言われるポップス歌手で、60年代後半から70年代にかけて活動していた。ウィスパー・ヴォイスといえどその個性は多種多様なわけだが、彼女の声はそよ風のように自然と耳に馴染む嫌らしさのない本当に可愛らしい声で、ロックやボサノヴァのカバーを女性らしい砂糖菓子みたいな甘さを残しつつ爽やかに歌い上げている。彼女はフランス人なのだけれど、母国語で歌われたものは少ないのでフレンチ・ポップスではなくソフト・ロックの括りで紹介されることが多い。しかも必ず名盤にあげられるほど人気が高いのである。

実は彼女の経歴についてはほとんど知らないも同然なのだが、だいぶ昔にピチカート・ファイヴの小西康陽さんがデビュー当時のカヒミ・カリィについて書いた文章のなかで、「クロディーヌ・ロンジェは恋人を銃で撃ったが、カヒミ・カリィはいったいどんなことをしてくれるのだろう」というような内容で締めくくったものをどこかで読んだことがあって、もちろんクロディーヌ・ロンジェという人は当時まったく知らなかったのだが、銃で撃ったとはどういうことだ?という小さな謎と衝撃が走ったことを思い出す。そして小西さんの言うとおり、クロディーヌ・ロンジェは恋人であったスキー選手を銃の暴発で死亡させている。殺人ではなく過失致死ということで事件は収束したが、その出来事を機に彼女は完全に表舞台からは消えてしまったのだった。草原のなかを小花柄のワンピースの裾をなびかせながら歩くという、このアルバムのジャケットのイメージからはまるでかけ離れた事件であるがゆえ、クロディーヌ・ロンジェという人は私にとってその清楚で可憐な歌声以外はまるで謎の人である。事実、彼女の歌声を聴けばそのようなスキャンダラスな出来事もくだらない戯言ぐらいにしか聞こえないのだから、彼女の声の魅力というのは何事にも代え難い奇跡に近いくらいのものなのだと思う。

やはり私はカヒミ・カリィにはじまり、ウィスパー・ヴォイスが大好き。そして今は小西さんの解説を読みながら、クロディーヌ・ロンジェが1968年に発表した『恋はみずいろ』というアルバムを聴いている。タイトルは言わずもがなポール・モリアで有名な曲、クロディーヌももちろんフランス語で歌っている。途中で台詞がはいるのだがその部分は英語で、訛りがなんとも言えず愛くるしい。小西さんがどの曲のどの部分のどの台詞が好きだとか事細かに語りたくなるという気持ちがすごくわかる。


私が一番好きなのは2曲目の「Happy Talk」で子どもたちとの掛け合いの箇所があって、そのときのクロディーヌの台詞というか子どもたちとの会話がこれ以上にないくらい可愛らしく、もう私は彼女にメロメロなのである。そのほかにも1曲目はクラシック映画の名作『嘆きの天使』でデートリッヒが歌っていた曲のカバーで、冒頭からクロディーヌの魅力全開といった感じ。若い頃のデートリッヒは少しぽっちゃいりしていて歌もセクシーというよりは可愛らしい感じがして、『嘆きの天使』の彼女も大好きなのだけれど、クロディーヌの総じてガーリーな歌と台詞にはデートリッヒとはまるで違う『嘆きの天使』が見えるようでこれもまた楽しい。6曲目の「Who Need You」はフリッパーズ・ギターの『カメラ・トーク』に収録された「サマービューティー1990」でそのまんま使用されているのだが、さらにキュビズモ・グラフィコのアルバム『Tout!』の「Fairytale Of Escape」でもそのまんま使用されている。ウィスパー・ヴォイスの女神、クロディーヌ・ロンジェの魅力はまだまだ尽きそうになく、新たなをファンを巻き込んで語り継がれてゆくのだろう。そして、紙ジャケでの再発が決まったようで嬉しいです。



恋は水色(紙ジャケット仕様)
クロディーヌ・ロンジェ
USMジャパン (2012-04-18)

2012-01-07

彼女のいじらしいハミングはいつだって魔法のようだから

昨夜の予告どおり、今日は私の十年来のミューズとして心の核に君臨し続けておられる歌姫について付随する想いを綴りたいと思う。なにやら宗教めいた香りの漂う表現になってしまったが、今もなお聡明で可愛らしい方なので、今日は私の文体もいつもより柔らかな口調になりそうな気がしてもいる。

2000年代に入り、歌姫という言葉が幅広い意味であらゆる分野の女性歌手にあてがわれたが、今ではだいぶ使い古され、記号化された無機質な言葉のようでさえあるわけだが、さらに時代を遡ると、90年代前半にどこからともなくふらりとあらわれた歌姫がひとり、いたのであった。世間は彼女のことを「渋谷系の歌姫」とさかんに紹介したがっていたが、私自身(当時11-12歳)が渋谷系と呼ばれるものを渋谷の文化として体験しておらず、彼女の歌も渋谷系という名のつくモノのひとつとして聴いていたわけではなかった。そもそも渋谷系という言葉を知っていたかどうかすらあやしいところである。そしてそのころ渋谷系の王子と呼ばれていた小沢健二は「オザケン」として、襟の大きなシャツを着て、ブラウン管の向こうからいささかの胡散臭さをふりまいていた。(小沢健二のこのイメージは十年後に私のなかで激変する。もちろん素晴らしく良いものにである)

カヒミ・カリィを知ったのはアニメ「ちびまる子ちゃん」である。『ハミングがきこえる』(さくらももこ作詞、小山田圭吾作曲による)が「まる子」のオープニングを飾っていたのだ。同世代の人間と好きな音楽の話をしてカヒミ・カリィの名前を挙げると、たいていの相手は「ちびまる子ちゃん」のオープニングを連想するらしい。しかも、まる子の歴代のオープニングでは「ピーヒャラピーヒャラ」の次にこれを記憶している人も多いらしく、歌詞も覚えていてモノマネで歌えるという器用な方もなかにはいる。けれどカヒミが好きという友人はまわりにいなかったので(案の定、声がちょっと苦手という子もいた)学校ではカヒミ好きを公言することを封印していた。



そして私が動いている彼女を見たのは、「まる子」の放送の合間に流れていた森永ハイチュウのCMである。真っ赤なパッケージのハイチュウの山に寝転がって短い台詞を喋るのだが、彼女のウィスパーヴォイスは不思議なトーンを放ち、片言の日本語のように聞こえ、画面下に出現する「カヒミ・カリィ」というテロップも手伝い、国籍不明な佇まいであった。そして私は名前と歌声しか知らない彼女に淡い憧れを抱くようになる。

カヒミ・カリィ。魔術的な響きを持つミステリアースな名前、溜め息のような欠伸のような猫の鳴き声のような蚊の羽ばたきのような歌声、可憐で聡明な容姿、すべてにおいて完璧な一目惚れであった。こんなふうに書いてしまうとちょっと狂信的な気もするけれど、彼女はもうずっと私の憧れの女性のひとりである。アクサン、セディーユ、慣れない綴り字記号にうっとりした十代の頃は、歌詞カードの中から意味もわからぬままフランス語を書き写していた。彼女の活動に影響されて第二外国語には迷わず仏語を取った。(ここまでしておきながら仏語の上達とは無縁のまま現在に至る)




初めて買ったCDはまだ小山田圭吾がプロデュースしていた頃の『Girly』である。まずはキュートなタイトルにロック・オン!(余談ですが私の携帯のメールアドレスは変更するときには決まってこのカヒミ界隈をうろついています)彼女の容姿が好きだったので、ジャケットに顔が大きく出ているものを選んだ。このジャケットはゲンスブールの『メロディー・ネルソン』のジャケットのパスティーシュ。ぬいぐるみを抱いたキュートな姿のジェーン・バーキンで有名。もちろんそんな背景を知るよしもなく、さらには収録されている『LOLITA GO HOME』がゲンスブールの楽曲のカバーであることにもまったく気付かずに、そのまま十年近い歳月をすごした。のちにゲンスブールに興味を持って色々と調べていくうちに、実は自分が気付いていなかっただけで彼の曲を何度も何度も聴いていたという事実を知って驚き、そしてとても嬉しくなんとも言えぬ誇らしい(!)気持ちになる。
当時13歳?か14歳の私。カヒミ・カリィについてはほとんど何も知らないのに、小山田圭吾の名前は知っていて、彼がソロデビューした際にミュージックステーションでタモリに「一人なのにコーネリアスなの?小山田圭吾でいいんじゃない?」と突っ込まれていたのをなぜだかずっと覚えていた。しかし肝心な(?)、二人が恋人同士であるという事実はずっと知らずにいた。彼女のCDは近所の今はなき中古屋さんですべて揃えていった。運良くそこの中古屋さんには当時発売されていた彼女のCDがすべて置いてあったので、好きなジャケットから選んで買い揃えていった。CDは幾度となく聴いたけれど、彼女に興味はありながらも音楽雑誌まで手に取るようなことはなかったので、あのとき必死になって読み漁ってたらもっと早くゲンスブールやフレンチ・ポップ、ソフトロック、もちろん音楽だけではなく60年代〜70年代の素敵な映画の世界についても深く知ることができたのに、そう思うととても残念でならない。だから私はその時間を取り戻す為に、30代を目前にしてまさに十代の頃のような必死さで未だなまぬるい時に浸りながらこのようなブログをせっせと書いてしまっているのだろう。


カヒミは小柄で、歌声だけでなく普通に喋っているときの声もか細くて聞き取り難いくらいだけれど、声のイメージから儚げな女性をイメージすると、それは彼女にはあまり似つかわしくないような気がする。彼女は強く気高くて美しい人だ。凛々しさをたたえた大きな瞳は彼女の意思の強さをあらわしていそう である。ライフワークからは知的でクールな印象を受けることもあるけれど、彼女のインタビューや文章からは特別なバリアを張ることのないチャーミングな人柄が垣間見えたりする。そして、結婚されてからは言葉の節々にやさしさや柔らかさをまとった「色」が感じられるようになった気がしている。以前はカヒミ・カリィといえ ば白か黒、どちらか一色の人というイメージがあった。


カヒミ・カリィは正体不明だがなんだかとても趣味の良い人、という勝手なイメージが良くも悪くも90年代から現在もそのまま徹底して一人歩きしているような人かもしれない。しかし最近では定期的に更新されるブログを見ると、昔の彼女からは想像もつかなかったようなライフスタイルを提示していて、ほっとしたような寂しいような、複雑な気持ちでながめてしまうこともある。それでもカヒミはこれからも私の一部を負ってくれるのだろうと思う。だって、彼女のいじらしいハミングはいつだって魔法のようだから。その声で私は少女の気持ちを取り戻す。私はまだまだ甘い砂糖菓子の溶ける世界でくたびれたぬいぐるみを抱いていたいのかもしれない。



最後に『Girly』の可愛らしい歌詞カードを。これを見た瞬間(渋谷系のCDの作りってほとんどがそうなのだが)やっぱりカヒミはお洒落な人!というイメージが決定的になる。映画『カラスの飼育』に登場する「Porque Te Vas」のカバーも大好きで、今も時々当時を想い出しては聴いている。



Girly
Girly
posted with amazlet at 12.01.08
Kahimi Karie
CRUE-L RECORDS (1994-06-25)


さて、明日は語ることもためらってしまうほど美しい、世界一見目麗しきロック・スターでトリック・スターでスーパー・スターのお誕生日です。