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2014-06-01

June 1, 1974 悪魔の申し子たち〜その歴史的集会より



 1974年6月1日、ちょうど40年前の今日、イギリスはロンドンのレインボー・シアターでスペシャルなショーが行われた。イーノ、ジョン・ケイル、ニコ、ケヴィン・エアーズ。こうして改めて名前を書くと、泣く子も黙る「トンデモナイ」メンバーだが、後年の私たちが歴史的だの伝説だのといくら騒ぎ立てようが、はっきり言ってそんなことなど全く意に介さぬような人たちでもある。
 どうやらこのショーはケヴィン・エアーズのレコード会社移籍後に初めて発表されたアルバム『夢博士の告白』を記念して開催されたようだ。まずはケヴィンが友人のニコを誘い、ニコがジョンに声をかけ、ジョンがイーノを引っ張って来たという。巨匠と称される現在の姿を思い浮かべると、メンバー中いちばん年下のイーノの存在がなんとも微笑ましい。イーノはこの時期アンビエント・ミュージックにまだ開眼しておらず、ロキシー・ミュージックを追放されてソロとなり、捻くれたヘンテコ・ポップ・ミュージックを展開しながら羽を伸ばしていた頃で、後に「ケヴィン・エアーズは絶対、僕の一番好きなミュージシャン!それほど多くの人に認められていないのが残念だ」(1975.2 Music Life)という発言をしていることからも、イーノにとって彼らとの交流はかなり刺激的な経験だったことがうかがえる。

 アルバムの1,2曲目を飾るのはそのイーノだが、相変わらず美形なのにハゲでロン毛というなんとも奇抜な風貌で調子っぱずれの歌声を披露し、只者ではない不気味な雰囲気を醸し出している。続くジョン・ケイルはプレスリーの「Heartbreak Hotel」、ニコはドアーズの「THE END」のカバーだが原曲の面影は薄まり、かなり物々しいパフォーマンスだ。個人的にジョンのアレンジはプレスリーより断然好みだが、ニコに至っては惨憺たる儀式のようで狂気すら感じさせる。邦題を「悪魔の申し子たち」と名付けたのも納得だ。
 元々この人たちは上手くやろうとか技術的な側面に重きを置くタイプのアーティストではなく、アヴァンギャルドの精神で実験的な音を作り上げることで知られるロックの異端児たちである。イーノの不気味な可愛さ、ジョンの屈折した男気、ニコのファムファタールで魔女的な?色気とが沸々と混ざり合ったこの前半部分だけでも「奇跡」のアルバムと呼ぶにふさわしいのかもしれない。


 しかしこのアルバムの主役は間違いなく後半のケヴィン・エアーズである。彼の前では巨匠イーノもヴェルヴェッツの2人も霞んでしまう。
 ケヴィン・エアーズという人は常識から考えるとちょっと不思議な人で、若い頃から仕事に飽きると田舎に引っ込んで隠遁生活を送ってみたり、シェフになってみたり、早い話が根っからの自由人で好きな時にしか働かない、というスタイルでずっと生きてきた人だ。だからというか必然的に寡作である。音楽的才能とカリスマ性を持ち合わせた人間が名声などにはまるで無関心で、巨大なマーケットに取り込まれることを拒み、金が必要な時だけひょっこり顔を出してちょっとだけ働く。それが音楽を愛するがゆえに彼が貫いた姿勢なのだと想像すれば、なんとも愛おしい男である。そんなものだから彼の作る音楽も最高で、この「肩の力が抜けたゆるい感じ」は他の追随を許さない。
 残念ながらケヴィンは去年亡くなってしまったが、40年前のロンドンの空に放たれた花火を想いながら今日はこのアルバムを聴く。オリー・ハルソールのギターが風のようだ。





2013-06-22

サントラはお好き?(2)『男と女』音楽:フランシス・レイ、ピエール・バルー


それまで無名であったクロード・ルルーシュが10人足らずのスタッフと、わずか三週間で作り上げた『男と女』(1966年・フランス)は数々の映画賞に輝き、フランシス・レイ作曲による「ダバダバダ〜」の主題歌でも有名。ダバダバ・スキャットとフランス語の響きが醸し出す物憂い雰囲気は、数多ある恋愛映画とは一線を画すように思う。

初めて観たのは二十代前半のとき。知的で情熱的なレーサー、ジャン=ルイ・トランティニャンとギリシャ彫刻のような絶世の美女、アヌーク・エーメのカップルが、ただただひたすらに眩しかった。降りしきる雨のなか、ワイパーが作動するガラス越しでの車内の会話シーンが目に焼き付いている。そして耐久レースの後、埃まみれになったボロボロの車で六千キロもの距離をぶっ飛ばしてアンヌのもとに駆けつけるジャン=ルイに惚れ惚れ。

そう、この映画は車が重要な脇役として物語を盛り上げるのだ。モンテカルロ・レースだとか(実際に登録して出場してしまう監督の心意気にも驚き!)フォードのプロト・タイプだとか言われても女の私にはまるでお手上げだけれど、なぜだかそのことがろくすっぽ理解できない男の世界を象徴しているようにも思えたのだった。

ある程度の歳を重ねてからでないと本当の意味でこの映画の惹き付ける魅力というものは分からないのかもしれない。しかしながらモノクロとセピアを織りまぜた小憎たらしい演出(ただ単に予算が足りなかっただけらしい)と、繰り返されるボサノヴァの甘いメロディーにのせて描かれる大人の男女の真理は、若い娘をも陶酔させるだけの説得力があった。そしてシンプルだけれど美しい、この映画のような男女の物語に憧れながらアンニュイな気分に浸りたいとき、背伸びして何度もこのサントラを聴いた。



思わず口ずさみたくなる「男と女のテーマ」を歌っているのは、共に監督の友人であるニコール・クロワジールとピエール・バルー。バルーは俳優としても出演していて、アンヌの亡き夫役(ブラジル音楽を愛するスタントマンという設定)で、ギターを弾きながら歌声を披露している。それもそのはず、彼は十代の頃に音楽活動をしながら各国を放浪し、ポルトガルで出会ったブラジル音楽に陶酔、のちに「Saravah」(サラヴァ)というレーベルを立ち上げ、数々の名盤をフランスから発信した人物だ。

バルーがフランス語で歌う「男と女のサンバ」もテーマ曲に劣らず素晴らしい!(原題は「samba saravah」)劇中ではアーティストのビデオクリップのような扱い方をされていて、当時はこれが画期的な手法だった。『男と女』は映像と音楽が総合芸術であることを再確認させてくれる映画であり、さらにブラジル音楽の素晴らしさも伝えてくれるのだ。



僕の幸せを求め 陽気に笑い 歌う/心ゆくまで味わう 人生の喜び/
哀愁のないサンバは 酔えない酒と同じ/そんなサンバは心に響かない/

哀愁のないサンバは まるで美しいだけの女/これはモライスの言葉/
詩人の外交官 この歌の作詞家/"黒い白人"と公言した男/
僕もブラジル風フランス人/恋のサンバを語る/
恋人に口も利けぬ男が 彼女を歌でたたえる/

こんなサンバに不快な人もいるだろう/困った流行だと嫌う者もいるだろう/
僕は世界中を巡り/放浪を重ねて捜し求める/
深い歓びを/サンバを踊り続けよう/

ジョアン・ジルベルト、カルロス・リラ、ドリバル、アントニオ・カルロス・ジョビン、モライス、バーデン・パウエル
この歌を始め 名曲の生みの親たち/敬意を表して 大いに飲もう/
いざ乾杯 偉大な作曲家たちよ/サンバの申し子 サラヴァ!

ピシンギーニャ、ローザ、D・デュラン、シルビオ・モンテロ
そしてエドゥ・ロボと/ここにいる友人に乾杯/
バーデン、イコ、オズワルド、ルイジ、オスカル、ニコリノ、ミルトン
サラヴァ!

その名を聞くだけで 僕は身が震える/感動を呼ぶ数々の名/
サンバをたたえよう

バヒアの港から生まれた このリズムと詩/
サンバを踊り 苦しみを忘れた日々/
万感の思いを込めた歌
その言葉は白人のものでも
これは黒人の魂を/万感の思いを込めた歌
その言葉は白人のものでも
これは黒人の魂を/万感の思いを込めた歌
—『男と女』より



「サラヴァ」とはポルトガル語で、"神の祝福があるように"という意味。この曲には元々、「イパネマの娘」で知られる詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスによるポルトガル語の歌詞があり、バルーはフランス語版を作詞した。バルーの歌詞にはボサノヴァの生みの親である音楽家たちの名前が列挙されていて、次から次と歌われる名前を聴いているだけでも楽しい!フレンチ・ボッサの先駆けともいうべき名曲であろう。




男と女 オリジナル・サウンドトラック
サントラ ピエール・バルー ニコル・クロワジーユ
オーマガトキ (2004-12-01)

2013-06-21

サントラはお好き?(1)『ロシュフォールの恋人たち』音楽:ミシェル・ルグラン


フランス映画のサントラといえば、このお洒落なピンクのジャケットが真っ先に思い浮かぶ。おそらくフランス、60年代のポップ・カルチャーが大好きな人間にとって、このサントラはもはやマストアイテムというか、これ知らんならモォ出直して来い!って息巻いて突っ込まれることは確実であろう(かく言う私もあまり偉そうなことを書ける資格は毛頭ないのだが)




フレンチ・ミュージカルの至宝、ジャック・ドゥミ監督の『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)はどうしても要所要所で突っ込みたくなるけれど、それゆえに大好きな映画。ミシェル・ルグランのスコアも本当に素晴らしい!映画の中身よりもルグランの音楽、特に「キャラバンの到着」はよく知られている。もうだいぶ前になると思うけれど、車のCMにも使われていた。私はそちらを聴いてからの鑑賞だったので、映画が始まって間もなく思いもよらず流れてきた「キャラバンの到着」に驚いて、食い入るようにダンスシーンを見つめたのを覚えている。



ドヌーヴとドルレアックの美しい姉妹が現われると、ファッション、小物、画面を彩るパステルカラーのポップな色使い、すべて可愛いらしくて夢のような気分だった。そして、この映画のハイライトシーンとも言える姉妹のデュエット「双子姉妹の歌」を聴いてさらに胸が躍るような想いになった。どこで耳にしたのかははっきりと記憶にないのだけれど、私は「双子姉妹の歌」も知っていたようなのだ。「ミファソラ〜ミレ」と音階をそのまま歌ってしまう箇所にあまりにも自然に同調してしまい、涙が出そうになった。そして迷わず、サントラ買う〜!となったのだった。



現在は二枚組の完全版もCDで出ているのだけれど、ジャケットはオリジナルのアナログ盤と同じピンクのデザインのほうが断然!可愛い。実は中高生の頃ポストカードを集めていて、このジャケットとまったく同じポストカードを持っていた。とてもお気に入りで部屋の壁に貼っていて、当時はそれが『ロシュフォールの恋人たち』という映画のものだとは知らなかったし、数年後にスクリーンでポストカードの中の二人の女性に出会うとは思ってもみなかった。このジャケットにはそんな不思議な思い出がある。



ロシュフォールの恋人たち ― オリジナル・サウンドトラック (LES DEMOISELLES DE ROCHEFORT)
ミシェル・ルグラン サントラ
ユニバーサル インターナショナル (2002-05-02)

2013-06-17

北欧の風を求めて、Club 8『the friend I once had』(1998年)

スウェディッシュ・ポップの代表格といえば、カーディガンズとか同時期に活動していたクラウド・ベリー・ジャムを未だに思い浮かべてしまうけれど、彼らのあとに知ったのが、このclub 8という男女のデュオだった。ストックホルムを拠点として活動を続けるヴォーカルのカロリーナとギターのヨハン(作曲とほとんどの楽器を演奏している)は互いに別のバンドにも所属していて、にもかかわらず、結成以来もう15年以上もコンスタントにアルバムを発表しているベテランだ。

この『the friend I once had』は彼らが98年に発表した2ndアルバムで、本国スウェーデンとアメリカ、日本でもリリースされて評判もよろしく、インディ・ポップ、ギター・ポップファンのあいだでは名盤と呼ぶにふさわしいアルバムなのだろう。いつものことながら私は後追いで、アーティストについてもあまりよく知らず恐縮なのだけれど、夏が近づくと無性に聴きたくなるお気に入りの一枚。一度は廃盤になっていて、いま手元にあるのは2005年に再発された18曲入りのリイシュー盤。なんてことはない手作り感たっぷりのClub8のロゴの小さなシールが同封されている。



以前は、北欧らしい清涼感あふれる爽やかで真っ直ぐで、切ないギター・ポップの王道!といったサウンドに魅力を感じていたし、彼らの音楽は実際にそのように紹介されることが多いけれど、久しぶりに聴くと印象が少し変わっていた。薄荷飴のようなカロリーナの心地良いヴォーカルはあまり癖がなく聴きやすいのでいつも戸惑うことなくすうっと入って来るけれど、どこか憂愁の色を帯び寂寥感が漂っていることに気付いたのだ。かつて青春ギター・ポップなどと言われたサウンドに耳を傾けて、北欧の短い夏と過ぎた日々を想う。そうして、私も歳をとったのかなぁとそんなことを嘆いてみたり。




ザ・フレンド・アイ・ワンス・ハド+6
クラブ8
Pla-Flavour (2000-11-29)

2012-12-20

california snow story『close to the ocean』(2007年)



California Snow Storyはグラスゴー出身のインディーポップバンド。Camera Obscuraの初期メンバーであったDavid Skirvingが中心となり、2002年結成されました。私はご本家より断然こちらのバンドのほうが好きなのですが、如何せん寡作なのです。Camera Obscuraの突き抜けるような清々しさはこのバンドからはあまり感じられなくて、Davidの囁くようなヴォーカルは優しくて温かみのある親しみやすい声だけれど、どこかもったりとしていて陰鬱さも感じられるところが私は気に入っています。ベルセバのスチュアートほどセンチメンタルになることはないけれど、どこかノスタルジーな想いが込み上げるのは、やはりインディーポップの魅力としか言いようがない気がする。ああ、スコットランドって本当に素敵なバンドばかり!私は女性のウィスパーな歌声が大好きといつも書いているのですが、男性の声も囁き声、というかぼそぼそとした面倒臭そうな歌い方、呟き声が好きなようです。





『Close to the Ocean』は彼らの1stアルバムなのですが、実質的にはこのバンドはDavidとヴォーカルを担当しているSandraという女性のデュオのようで、二人のヴォーカルの掛け合いがメイン。Madoka Fukushimaという女性がキーボードで数曲参加しています。派手さはまるでないアルバムだけれど、こんな小品ばかり集めて傍らに置いて生きていけたら幸せだろうなあ。ちなみにどの季節に聴いてもしっくりくると思うのですが、私のイメージだと今の季節がぴったり合う。氷点下の日にストーブをがんがん炊いて、暖かい部屋で濃いミルクティーを飲みながら聴いたらきっと素敵。



Close to the Ocean
Close to the Ocean
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California Snow Story
Letterbox (2007-06-11)

2012-12-16

スペイン産ウィスパー・ヴォイス、NIZA『ニーサ』(2003年)

とっても久しぶりにウィスパー・ヴォイスのカテゴリを更新します。

NIZA(ニーサ)は1998年に結成された、スペインはマドリッド出身のRobertとSilviaによるインディーポップ・デュオ。スペインといわれるとどうしても情熱的なラテン風の音をまず連想してしまうのですが、この人たちはネオアコ。基本は透明感のある軽いギターポップだけれど、打ち込みやダンス・チューンもあって、上品なサウンドの中にもおもちゃ箱をひっくり返したようなキラメキが詰め込まれています。そんな可愛らしい音を支えるのはSilviaのヴォーカル。爽やかな優しいメロディーに彼女の舌足らずなウィスパー・ヴォイスがのっかると、なんだか60年代にタイムスリップしたみたいな、懐古的な気分になれるのです。ダンス・ミュージックからソフト・ロック、フレンチ・ポップ、ボサノヴァの要素まで感じられるのがミソかな。そして意外なのですが、ヴェルヴェッツのカヴァーもやってたりします。




彼らのアルバムは2003年に日本盤『NIZA』が発売されていて、どうやら来日したこともあるみたいです。私がこのアルバムに出会ったのは数年前。近くのツタヤをぶらぶらしていたところワールドミュージックの棚にこのCDを見つけて、なんとなく試聴してみたらガーリーな声がカヒミっぽくて(カヒミよりだいぶ甘いけれど)レトロチックな可愛らしいサウンドもトミーフェブラリーみたいで大好きな音だった。聴いた瞬間に恋に落ちる音楽ってそう多くはないけれど、根っこのところは結局同じなんだなあといつも感じます。やっぱり私はウィスパー・ヴォイスが好きです。





NIZA
NIZA
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ニーサ
Rambling Records (2003-12-03)

2012-03-22

鬱々とした曇り空、または灰色をした映画音楽、ゴンザレス『ソロ・ピアノ』(2004年)


ゴンザレス(現在は改名してチリー・ゴンザレス)はフランス在住のカナダ人。シンガー、ピアニスト、プロデューサー。ジャンルにとらわれず幅広い分野で才能を発揮している何でも屋みたいな人。ジェーン・バーキンの『ランデ・ヴー』をプロデュース、ビョークのリミックスを手掛け、さらにはイギー・ポップのドラムを担当。クラシック、ジャズ、ダンスミュージックと、多彩で実験的な音楽を発信しています。

この『ソロ・ピアノ』というアルバムはタイトルのとおり、ピアノ一本で表現された16の小品を収めたもので、暗いフランス映画のような陰鬱さとジャズっぽい躍動感(といってもかなり抑えてあります)を兼ね合わせた、夜または雨、グレーな曇り空にふさわしい、繊細で静かなアルバムです。ピアノの音が小さくとても柔らかいのですが、弦を布に包むなどの独特なスタイルで演奏しているようで、ペダルを踏んだ際の摩擦音や鍵盤を叩く音も微かですがそのまま録音されています。暗い夜などイヤフォンを使用しながら耳をそばだてて聴いていると、いつの間にか世間からぽつんと離れてしまったかのような、自分とそこにはピアノしか存在していないのではないかというような、心地良い浮遊感に浸ることができます。クラシックともジャズとも違う、本当に静かで色の感じられないアルバムなのですが、決して無味乾燥というわけではなく、むしろ静寂の中に響く雨音や微かな風の音のように自然音としてピアノの音が存在するように感じられるのです。


「ピアノはどんな楽器よりも多くの色を表現できると人は言う。確かにそこには白と黒がある。古い無声映画のようにね。僕はこれらピアノの曲たちを壁に映された影絵のように思う」ゴンザレス




そして私は今日も、一曲目の「GOGOL」のイントロで心を掴まれ、そのままゴンザレスの影絵劇場に引き込まれていくのでしょう。


Solo Piano
Solo Piano
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Chilly Gonzales
Pid (2010-09-14)

2012-03-21

ニュー・ウェーヴをボサノヴァで、その名もヌーヴェル・ヴァーグ!



私のiTunesライブラリの再生回数で常にトップに居座り続けているアルバムが、フランスの男女混合ユニット、ヌーヴェル・ヴァーグの1st『ヌーヴェル・ヴァーグ』(2004年)です。ヌーヴェル・ヴァーグは70年代後半〜80年代初期のパンク、ニュー・ウェーヴの音楽をボサノヴァにアレンジして、さらにはジャズ、ブルース、スカ、レゲエといった要素を盛り込んだカバーアルバムをいくつか発表しているのですが、「ヌーヴェル・ヴァーグ」というユニット名はフランス語で新しい波の意味、「ボサ・ノヴァ」はポルトガル語で新しい波、「ニュー・ウェーヴ」はもちろん...というわけで、うまいぐあいに三拍子揃えるという茶目っ気たっぷりのユニットなのです。そしてこの1stアルバムのジャケットはおそらくゴダールの『女と男のいる舗道』の娼婦ナナに扮したアンナ・カリーナではありませんか!2ndアルバムのタイトル『Band a Part』もゴダールの作品(邦題『はなればなれに』)からとってつけていたり、さらにはベスト盤のジャケットがゴダール映画のクレジットの雰囲気そのままにといった感じで、映画界のヌーヴェル・ヴァーグにまで目配せをするという徹底ぶり。これだけでもう私は完全にノックアウト状態なのです!

ヌーヴェル・ヴァーグはプロデューサーでもある男性二人が中心人物となって、曲ごとにアーティストを変えるという方法をとっていて、女性ヴォーカルがメインなのですが、一枚のアルバムで様々なヴォーカルが聴けるというのも彼らの魅力のひとつとなっています。ポスト・パンク、ニュー・ウェーヴなる音楽が世界を席巻していたまさにその時代に生まれた私は、正直、恥ずかしながらヌーヴェル・ヴァーグがアルバムで取り上げるオリジナルの楽曲をほとんど知りませんでした。洋楽はビートルズにはじまり、ビーチ・ボーイズ、ボブ・ディラン、ドアーズ、クリムゾン、さらには渋谷系なるものに感化されてからというもの、60年代後半のテクニカラーを塗りたくってフラワーをちりばめたあのサイケデリックな世界、サイケデリックな音がどうしようもなく好きで、デヴィッド・ボウイを聴くようになり、やっと70年代のロックも少しずつ聴くようになったのですが、パンク・ロックはあまり得意ではなくて(JAMとClashは例外なのですけども)、その後のニュー・ウェーヴもなんだか気が乗らなくて、何から聴いて良いのかわからないというのもあったのですが、それでも機会があればいつかちゃんと聴こうと思っていた、そんな矢先に出会ったのがこのヌーヴェル・ヴァーグだったのです。

私にとってこのヌーヴェル・ヴァーグのアルバムは青春時代を懐かしむといったような感傷的な記憶を呼び起こすものでも、ボサノヴァ風のアレンジに対する目から鱗の驚きというような感覚もほとんどないに等しいのですが、やはり音楽ファンを唸らせるアルバムなだけあって、私のようなニュー・ウェーヴを体験していない人間にも面白い発見があります。時代を遡ってオリジナルを聴いてみるというじつに単純な発想を実行に移したまでですが、それでもかなりの収穫がありました。1stアルバムの中では「This is Not A Love Song」という曲がとても気に入っているのですが、このオリジナルはPILで(もちろんPILについてもピストルズの人...というだけの認識)私はヌーヴェル・ヴァーグのメロディアスなアレンジで聞き慣れているものだから、オリジナルを聴いたときはあまりの能天気っぷりに思わず仰け反ってしまったのでした。このヌーヴェル・ヴァーグ、耳障りの良いお洒落なBGMとして流すのもそれはそれで素敵だと思うのですが、オリジナルを聴いてみるとまた別の発見があって面白い、奥が深いのです。そんなわけで、未体験のニュー・ウェーヴを少しずつ追いかけていけたら良いなあと思っているところです。





Nouvelle Vague
Nouvelle Vague
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Nouvelle Vague
Luaka Bop (2007-10-09)

2012-03-20

カトリーヌ、『エデュカション・アングレーズ』(1994年)


カトリーヌは女性の名前をしたフランス人男性。グループ名でもない。実際のところ、フィリップ・カトリーヌという男性と女性の名前を持ち合わせた(中性的で?)不思議な名前のようだけれど、これももちろんアーティスト名で本名ではない。フィリップ、つまりカトリーヌは日本では90年代半ばにカヒミ・カリィのプロデューサーとして知られるようになりました。最近だと映画『ゲンスブールと女たち』(2010年)にボリス・ヴィアンの役で登場し、一曲披露している姿が記憶に新しい。音楽活動のほうは『8番目の天国』(2002年)以降は追いかけていないのでよく分からないのですが、ここ2、3年のアーティスト写真を見たらすっかり変な(というか変態?かなり怪しい色モノっぽい)おじさんと化していて軽いショックを受ける。こんなに可愛らしいアルバムを作っていたフィリップ...どこへいっちゃったの?

そんなカトリーヌが十年前にリリースした2ndアルバム『エデュカション・アングレーズ(英国式教育)』(1994年)はお気に入りで何度も聴いていたし、今でもよく聴いている。ジャケットもすごく好き。カヒミ・カリィが国内盤のライナーを書いているというそれだけの理由で思わず買ってしまったのですが、自宅録音のあたたかみのあるチープなサウンドに女の子のウィスパー・ヴォイスが重なって、これはとても良いどころじゃない、最高に大好きなアルバムになるぞと聴いた端から思ったものです。


国内盤はボーナストラックも含めて19曲収録されているのですが、その大半が2分足らずと短くて、しかもフィリップ本人はほとんど歌っていません。それならば誰が歌っているのかというと、フィリップの妹のブルーノとフィリップのパートナーであるアンヌという女性二人がヴォーカルをとっています。面白いのはこの二人はカトリーヌの正式なメンバーというわけではなくて、カトリーヌの作った音楽にちょっとばかり参加したという感じだそうで、このラフさ加減と彼らの密な関係がサウンドにもうまく反映されているように思います。

一曲一曲が短いのと、アンヌとブルーノの対照的なヴォーカルが交互に並んでいるところに、どこか対話のようなイメージを受けとることができます。アンヌはコケティッシュでガーリーなウィスパー・ヴォイス、ブルーノは低音で曇り空のようなどんよりとした気怠さを思わせる声、そこにフィリップの男性にしては高音な声でコーラスが入り、まるで三人が気ままにピンポンでも楽しんでいるような、そんな穏やかな日常風景が浮かんでくるみたい。いつもどこへでも、ポケットに入れて持ち歩きたいような可愛い曲ばかりで、本当にずっと大好きなアルバムです。



エデュカション・アングレーズ
カトリーヌ
ポリドール (1995-03-13)

2012-03-19

正統派フレンチ・ロリータ、コラリー・クレモン『ルゥからの手紙』(2001年)


コラリー・クレモンは、フランス本国では21世紀のゲンスブールとも名高いミュージシャン、バンジャマン・ビオレーの9歳年下の妹で、兄のプロデュースのもと2001年にデビューしています。デビュー時の彼女はまだ大学在学中で、才能豊かな兄の後ろ姿を見て育ち、さらには同じ道を追いかけるといった形で、歌手としての才能を発揮、もしくは兄の手によって開花させたようです。彼女の一番の魅力は60年代のフランス・ギャルやフランソワーズ・アルディを彷彿させる舌足らずでどこか気怠いような雰囲気を持つウィスパー・ヴォイスで、これがもうウィスパー・ヴォイスマニアとしましては、最高の掘り出し物(といったら失礼かもしれませんが)で、長い間待ちわびていたウィスパー・ヴォイスのミューズといった感じの女の子。ジェーン・バーキンやヴァネッサ・パラディに連なる正統派フレンチ・ロリータを思わせます。しかし彼女はジェーンのようにセクシャルでもヴァネッサのように小悪魔的な存在でもなく、健康的な普通の明るい女の子といった印象で、そのことは等身大の女の子の気持ちを歌う傾向の歌詞にもあらわれているように思います。

彼女はこれまでにアルバムを3枚出していて、『ルゥからの手紙』(2001年)『バイバイ・ビューティー』(2006年)『Toystore』(2009年)、これらすべてのアルバムを兄のバンジャマン・ビオレがプロデュースしています。私はデビューアルバム『ルゥからの手紙』がもっとも好きで、アコースティックな楽器に彼女のウィスパー・ヴォイスが重なるだけの全体的にシンプルな作りになっているのですが、彼女の一番の魅力である歌声を最大限に味わいつくすことができる最良のアルバムです。彼女は少し早口で歌うところがとっても可愛い。『ルゥからの手紙』は秋に似合うアルバムで、落ち葉の舞う夕暮れ時なんかに聴くと最高の気分です。

2枚目以降はがらりと雰囲気が変わってロックになり、とはいってもやかましいほどではなくて、肩の力の抜けたような脱力系のサウンドが多く、ガーリー・ロックという言葉が当て嵌まりそうな爽やかでキュートな楽曲に仕上がっています。ウクレレやピアニカなどの楽器を詰め込んだ3枚目も遊び心も感じられて悪くはないのですが、彼女の魅力はやはり声だと思うので、琴線に触れるようなメロディーをさらりと歌ってもらいたい。そういう意味で、やはり彼女はデビューアルバム『ルゥからの手紙』ですでに完成されていたように思います。同じ82年生まれというだけの理由からまたもや勝手に親近感を抱いてしまっている私ですが、次のアルバムも楽しみです。


上の動画に流れるのは『ルゥからの手紙』に収録されている楽曲なのですが、ちょうどゴダールの『女と男のいる舗道』のアンナ・カリーナをフィーチャーした素敵な動画があったので。


ルゥからの手紙
ルゥからの手紙
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コラリー・クレモン
EMIミュージック・ジャパン (2002-05-29)

2012-02-22

The Postmarks『Postmarks』(2007)

昨日のマーゴ・ガーヤンの記事を書くにあたってふと紙ジャケの帯を見たら「窓ジャケにハズレなし!」という堂々たる宣言文が。本当のところどうなのかよくわかりませんが、EMI、BMG、ユニバーサル、ソニーの4社による合同再発企画ジャケガイノススメシリーズ第3弾ということで、まあこれは今日の投稿にはまったく関係のない話なのだが、窓ジャケでふと思い浮かんだのが、マイアミ出身の3人組、ザ・ポストマークスの1stアルバムなのだった。ウィスパー・ヴォイスつながりということもあって今日はぜひとも紹介したく思います。


ザ・ポストマークスは男性2人に女性1人の3人組によるインディーズバンドで、紅一点のボーカルはティムという男の子の名前を持った可愛らしい女の子。そう、例の窓ジャケでガラス越しにアンニュイなポーズを決めているのが彼女で、彼女のウィスパー・ヴォイスがもう絶品なのです。彼らは2007年にアルバム『postmarks』でデビューしましたが、tahiti80、James Iha、Brookvilleという錚々たるメンバーが名を連ねたリミックス音源が出たことからもわかるように、どこか大物になりそうな予感はデビュー当時からあったようです。

不思議なのはマイアミ出身のグループなのに、初めて聴いたときはフランス・ギャルの時代へタイムスリップしたような錯覚をおぼえたこと。ボーカルの舌足らずのようなつたない歌い方はフレンチ・ポップを聴いているような感じなのに、キュートな女性ボーカルにしては珍しく底抜けに明るい印象の楽曲がまるで見当たらない。なぜならティム嬢のボーカルは低音が素晴らしいからだと気付かされる。上品でシックに歌い上げたかと思えば、低音部のウィスパー・ヴォイスはさらにも増して幼さを感じさせるのですが、ノスタルジックだけれど決して感傷に浸るだけでは終わらせない独特のイメージをこのバンドにもたらしているようです。彼女の歌声がメランコリックな曲調に重なるとどこか北欧の風を感じさせるような雰囲気でもあり、このウィスパー・ヴォイスはほんとうに魅力的!「消印」というバンド名にも胸がときめく。




ザ・ポストマークス
ザ・ポストマークス
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ザ・ポストマークス
ビクターエンタテインメント (2007-05-23)

2012-02-21

私の好きなソフト・ロックのアルバム(4)マーゴ・ガーヤン『テイク・ア・ピクチャー』(1968)


クロディーヌ・ロンジェとならんで大好きな、ウィスパー・ヴォイスの持ち主であるマーゴ・ガーヤン。クロディーヌの歌声ほどガーリーな甘さはなく、どこかフランソワーズ・アルディーの持つ知的さと物憂げな雰囲気を彷彿させる歌声の持ち主なのですが(アルディよりも明るく前向きな印象の曲が多いけれど)、大学在学中にアトランティック・レコードと契約を交わして一度はレコーディングを行うもうまくいかずにシンガーとしてのデビューを見送られたという経歴があります。しかしその時に同レーベルのジャズ・シンガーにマーゴのオリジナル曲を提供するという形で、ソングライターとしてのキャリアをスタートさせています。そして彼女もまた、ビーチ・ボーイズの「God Only Knows」『ペット・サウンズ』に影響を受けたアーティストのひとりでありました。

マーゴ・ガーヤンはこれまで生年月日は公表されていないが、おそらく1940年代前半〜半ばにニューヨークの郊外に生まれ、両親の影響で幼い頃からピアノを習うなどして音楽に親しんでいた。大学時代にジャズに傾倒し、プロのソングライターとしての活動もジャズの世界であったのだが、あるときピアニストの友人からビーチ・ボーイズの「God Only Knows」を聞かされ、深く感銘し衝撃を受ける。この出来事がマーゴをジャズに傾倒して以来疎くなっていたポップスの世界へと向かわせることになった。

1968年に彼女はシンガーとして唯一のアルバム『Take A Picture』をリリースしますが、売上げはあまりふるいませんでした。しかし彼女の曲をカバーしたアーティストは数知れず(アストラッド・ジルベルト、マリー・ラフォレ、クロディーヌ・ロンジェ、スパンキー&アワ・ギャング、セイント・エティエンヌ、我が日本ではピチカート・ファイヴなどなどなど...)ソングライターとして注目を集めることになる。マーゴはアルバム一枚を発表したあと結婚して第一線からは立ち退き、ピアノの先生として活動していたようです。


ビーチ・ボーイズに影響を受けたといえども、マーゴのアルバムはこの時代を彩っていたハーモニーを効かせたサイケデリック調のロックとはまた趣きが異なります。マーゴの出世作でそのほか多くのカバーがある1曲目の「Sunday Morning」や5曲目の「Don't Go Away」などは特にマーゴお得意のジャズの要素が色濃く反映されたナンバーだし、なんといってもやはりマーゴのハスキーなウィスパー・ヴォイスで歌われる歌詞の内容が、セックスとドラッグによる幻想(幻覚?)がもたらす少年の悶々とした苦悩を歌った当時あまたのバンドのものとはまるで違うからで、マーゴの歌詞はどの曲もポジティブで普遍的な愛を歌っています。そんなマーゴに私はキャロル・キングを重ねてしまうのですが、マーゴの世界は可愛らしい歌声ゆえに少女の持つ繊細さや脆さも感じさせるのです。もちろんこのアルバムがリリースされた当時マーゴはもはや少女とよべる年齢ではないと思いますが、なにせアルバムのジャケットが本当に可愛いらしいので(というかこの時代の女性って私にはみんな可愛くみえるんですよね)、数少ないマーゴの写真を拝見しながらまたうっとりしてしまうのでした。








TAKE A PICTURE
TAKE A PICTURE
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マーゴ・ガーヤン
プライエイド (2000-06-21)

2012-02-20

私の好きなソフト・ロックのアルバム(3)クロディーヌ・ロンジェ『恋はみずいろ』(1968)


クロディーヌ・ロンジェ(1942年-)はウィスパー・ヴォイスの世界最高峰とも言われるポップス歌手で、60年代後半から70年代にかけて活動していた。ウィスパー・ヴォイスといえどその個性は多種多様なわけだが、彼女の声はそよ風のように自然と耳に馴染む嫌らしさのない本当に可愛らしい声で、ロックやボサノヴァのカバーを女性らしい砂糖菓子みたいな甘さを残しつつ爽やかに歌い上げている。彼女はフランス人なのだけれど、母国語で歌われたものは少ないのでフレンチ・ポップスではなくソフト・ロックの括りで紹介されることが多い。しかも必ず名盤にあげられるほど人気が高いのである。

実は彼女の経歴についてはほとんど知らないも同然なのだが、だいぶ昔にピチカート・ファイヴの小西康陽さんがデビュー当時のカヒミ・カリィについて書いた文章のなかで、「クロディーヌ・ロンジェは恋人を銃で撃ったが、カヒミ・カリィはいったいどんなことをしてくれるのだろう」というような内容で締めくくったものをどこかで読んだことがあって、もちろんクロディーヌ・ロンジェという人は当時まったく知らなかったのだが、銃で撃ったとはどういうことだ?という小さな謎と衝撃が走ったことを思い出す。そして小西さんの言うとおり、クロディーヌ・ロンジェは恋人であったスキー選手を銃の暴発で死亡させている。殺人ではなく過失致死ということで事件は収束したが、その出来事を機に彼女は完全に表舞台からは消えてしまったのだった。草原のなかを小花柄のワンピースの裾をなびかせながら歩くという、このアルバムのジャケットのイメージからはまるでかけ離れた事件であるがゆえ、クロディーヌ・ロンジェという人は私にとってその清楚で可憐な歌声以外はまるで謎の人である。事実、彼女の歌声を聴けばそのようなスキャンダラスな出来事もくだらない戯言ぐらいにしか聞こえないのだから、彼女の声の魅力というのは何事にも代え難い奇跡に近いくらいのものなのだと思う。

やはり私はカヒミ・カリィにはじまり、ウィスパー・ヴォイスが大好き。そして今は小西さんの解説を読みながら、クロディーヌ・ロンジェが1968年に発表した『恋はみずいろ』というアルバムを聴いている。タイトルは言わずもがなポール・モリアで有名な曲、クロディーヌももちろんフランス語で歌っている。途中で台詞がはいるのだがその部分は英語で、訛りがなんとも言えず愛くるしい。小西さんがどの曲のどの部分のどの台詞が好きだとか事細かに語りたくなるという気持ちがすごくわかる。


私が一番好きなのは2曲目の「Happy Talk」で子どもたちとの掛け合いの箇所があって、そのときのクロディーヌの台詞というか子どもたちとの会話がこれ以上にないくらい可愛らしく、もう私は彼女にメロメロなのである。そのほかにも1曲目はクラシック映画の名作『嘆きの天使』でデートリッヒが歌っていた曲のカバーで、冒頭からクロディーヌの魅力全開といった感じ。若い頃のデートリッヒは少しぽっちゃいりしていて歌もセクシーというよりは可愛らしい感じがして、『嘆きの天使』の彼女も大好きなのだけれど、クロディーヌの総じてガーリーな歌と台詞にはデートリッヒとはまるで違う『嘆きの天使』が見えるようでこれもまた楽しい。6曲目の「Who Need You」はフリッパーズ・ギターの『カメラ・トーク』に収録された「サマービューティー1990」でそのまんま使用されているのだが、さらにキュビズモ・グラフィコのアルバム『Tout!』の「Fairytale Of Escape」でもそのまんま使用されている。ウィスパー・ヴォイスの女神、クロディーヌ・ロンジェの魅力はまだまだ尽きそうになく、新たなをファンを巻き込んで語り継がれてゆくのだろう。そして、紙ジャケでの再発が決まったようで嬉しいです。



恋は水色(紙ジャケット仕様)
クロディーヌ・ロンジェ
USMジャパン (2012-04-18)

2012-02-15

King Crimson『Islands』(1971年)


私が初めてクリムゾンを聴いたのは二十歳前後のときで、絲山秋子の小説『イッツ・オンリー・トーク』を読んだことがきっかけになったのだと思う。私は女性の書いたものは苦手で滅多に読まないのだが、絲山秋子のこの小説は本当に面白くて、読んだ次の日にはエイドリアン・ブリューという名前を検索してキング・クリムゾンというバンドについていくばくかの知識を得たのだった。もちろん、プログレって何?状態である。

小説のタイトルにもなっている「イッツ・オンリー・トーク」という曲が収録されたアルバムは『ディシプリン』であるのになぜか初めて買ったCDはあらかたの人と同じように『クリムゾン・キングの宮殿』である。ジャケットの顔がおそろしくて眺めていられず、寝るときはベッドのそばにすら置きたくないという恐怖を味わうことになってしまったのだが、聴いた時の衝撃というのがまさにあのジャケットと同じ顔をしていることに気付かされる。しかし不安だとか恐怖といったおぞましい内部の感情が剥き出しにされるような戦慄をおぼえながらも、私はクリムゾンの虜になってしまい次から次へとアルバムを聴いてしまったのである。1971年に発表された『アイランズ』はクリムゾンの4作目にあたるアルバムであるが、どうしてか一番最後に聴いたアルバムであった。そして私がもっとも好きなアルバムである。

好きと言った端から申し訳ないのだが、私はキング・クリムゾンというバンドの正体をほとんど知らない。唯一、顔と名前が一致するのがロバート・フリップという人で、ボウイのアルバムにも参加しているということを後に知ることになるのだが(私はボウイより先にクリムゾンを聴いていた)、メンバーチェンジを繰り返して、どの時期に誰が加入してバンドの形態がどのようなものであったのかというような背景はまったくわからない。国内盤の解説を読んでもさっぱりなのだからどうしようもない。けれど彼らの発表したどのアルバムを聴いても、そこにはキング・クリムゾンがキング・クリムゾンであることの軌跡がしっかりと音に刻印されており、おそらくこれはロバート・フリップという人の特質があらわれたまでにすぎないのだと思うのだが、小難しいプログレッシブ・ロックというジャンルにおいてピンク・フロイドとはまるで異なるバンドであることがど素人の私にもわかる。なぜだか私はクリムゾンのほうが圧倒的に好きなのだが、おそらく『宮殿』で聴いたサックスの音色が瞬時に私のなかでキング・クリムゾンというバンドの地位を決定付けたように思う。私はサックスの音色が大好きで、これは元吹奏楽部なのだから仕方が無いのだった。

前置きが長くなってしまったが、この『アイランズ』というアルバムはクリムゾン史上もっとも静謐で壮大な物語をうたった作品である。私はやはり文学をモチーフにした楽曲に惹かれる。この作品は、ホメロスの『オデュッセイア』とその『オデュッセイア』を下敷きにしたジョイスの『ユリシーズ』の世界がうたわれている。おそらく『オデュッセイア』を読んだ人間であれば、1曲目の「Formentera Lady」と2曲目の「Sailor's Tale」がホメロスの『オデュッセイア』の物語をいかに忠実に描きだしているかわかるだろう。もちろんなにも彼らは叙事詩を忠実に表現したわけではないのかもしれないが、弓弾きベースの音色にはじまる10分を越えるこの曲は、トロイア戦争に勝利したオデュッセウスが故郷のイタケを目指して船出する場面から、穏やかな波に揺られながらの航海を経て、セイレンという人魚の魅惑の歌声を切り抜けたシーンを見事にあらわしている。そして「Sailor's Tale」の一転した激しいビートにはオデュッセウスが荒波に揉まれる姿がおのずと浮かぶのである。

3曲目の「Letters」と4曲目の「Ladies Of The Road」はジョイスの『ユリシーズ』が舞台になっている。『ユリシーズ』は1904年6月16日(ジョイスが駆け落ちした?日とも言われている)のダブリンにおける一日を様々な文体を駆使して書かれた長編小説で、日本語訳を最後まで読むとなるとこれがとてつもない労力と時間を要する小説なのだが、作家を志すスティーブンという若者と、広告取りの仕事をしているブルームという中年男性が主人公である。朝の8時から午前2時まで、二人がダブリンの町を行ったり来たりして、そこで起こった出来事が描かれている。「Letters」で扱われる内容は、ブルームが妻に内緒で文通している女性から届いた手紙をモチーフにしていると思われる。朝届いた手紙のなかで、奥さんはどんな香水をつけているのかとたずねられ、ブルームは一日中その手紙について考えている。「Ladies Of The Road」はスティーブンが仲間とともにおとずれた娼館での幻覚のシーンが下敷きになっているのかもしれない。歌詞をみると、登場する女性たちがグルーピーに置き換えてあるようだ。




わたしがこのアルバムのなかでもっとも好きなのが「Prelude:Song Of The Gulls」(プレリュード:かもめの歌)である。これまでの物語をすべて洗い流すかのような美しい旋律はまさに癒しともいえる曲で、初めてクリムゾンを聴いたときの印象とはまるでかけ離れたものであるのだが、こういった繊細な側面を持ち合わせているからこそキング・クリムゾンというバンドは一点の曇もない完璧な空気を作り上げ、攻撃的な音を放ちながらも脆くあやうい存在なのであり、私はクリムゾンが、このアルバムが大好きなのであろう。


アイランズ(紙ジャケット仕様)
キング・クリムゾン
WHDエンタテインメント (2006-02-22)

2012-02-08

4 boujour's parties『Pigments Drift Down to the Brook』(2007)


4 boujour's parties!(フォー・ボンジュール・パーティーズ)

このワクワクするようなバンド名を掲げた彼らに出会ったのは普段はめったにジャケ買いをしない私が試みた、勇気あるジャケ買いによります。2007年に発表した1stアルバム『Pigments Drift Down to the Brook』がそうなのですが、ハンドメイドの得意な女の子が好みそうなメルヘンチックなジャケットで、ヘンゼルとグレーテルが迷い込んだ森のような静けさをたたえて、時刻は昼なのか夜なのかそれとも朝なのか、観る者をするすると引き込む物語性をもそなえた素敵なデザインに心惹かれ、聴いてみれば彼らのサウンドはジャケットそのままの世界が展開された解放感あふれる質感に彩られているではありませんか!しかも、どう聴いても洋楽のインディーズバンドの音である!

しかし4 boujour's partiesはれっきとした日本発の男女混合7人で構成されたユニークなバンドなのでした。2001年から映像を中心に活動をはじめているのですが、楽器を持ったメンバーが次第に加わっていったことでボーカルがメインのバンドになったそう。宅録の閉鎖的なイメージを解放するというコンセプトのもと、またの名を「室内解放音楽集団」と称する大所帯ならではの音が驚きをもたらし、また、とびきり楽しい気分にもさせてくれます。

1stアルバムに使用された楽器をざっと書き出してみると、ピアノ、ギター、フルート、サックス、トロンボーン、トランペット、クラリネット、アコーディオン、ピアニカ、シンセサイザー、テレミン、グロッケン、ビブラフォン、ベル、チェロ、とここまでくればもはやどこぞのオーケストラ団体。そしてボンゴ、アフリカの民族楽器が多数登場、優しい男性ボーカルと砂糖菓子のような甘い女性ボーカル。そして北欧のインディーバンドを思わせるそよ風のように爽やかなコーラスが響くかと思えば、PVに見られるような遊び心も茶目っ気もたっぷり、やや毒気ありといったところでしょうか。




彼らの最新作は2010年に発売された『okapi horn』です。1stの世界をさらに外に飛び出した解放感あふれる豊かなサウンドで、楽器を持って旅をしているような躍動感のあるアルバムです。ここまで最良の音を生み出すのが日本のバンドだなんて、この先がとっても楽しみでなりません。音を楽しむって、まさに彼らのこと。

Pigments Drift Down to the Brook
4 Bonjour's Parties
Mush (2007-12-04)

OKAPI HORN
OKAPI HORN
posted with amazlet at 12.02.08
4 BONJOUR'S PARTIES
AND RECORDS (2010-12-08)

2012-02-02

私の好きなソフト・ロックのアルバム(2)ザ・ゾンビーズ『オデッセイ・アンド・オラクル』(1968)


ミレニウムの『ビギン』(1968)と同じくらい愛着のあるアルバムなのが、ゾンビーズの『オデッセイ・アンド・オラクル』(1968)である。ゾンビーズと聞いてピンとこないかたもおられるかもしれないが、彼らの『Time of The Season』(ふたりのシーズン)という曲が6、7年前に車のCMに使われていたので、ゾンビーズというバンド自体は知らなくとも、CMで流れていた曲だけは知っているという人は案外多いかもしれない。

私がこのアルバムを手にしたいきさつは、ミレニウムに惚れ込んでソフト・ロック界隈を片っ端から聴きほじっていた時期に、やはりミレニウムの『ビギン』とほぼ同じタイミングで聴いたアルバムである。どうしてもバンド名のインパクトが強烈で、先入観からジャケットの中心にいるイラストの人間がゾンビに見えて仕方がない。しかしサイケ調全開の美しいデザインのジャケットだ。これはメンバーの友達が描いたもので、odesseyの綴りが間違っている。正しくはodysseyであるが、訂正されずそのままの形で現在まで定着してしまった。

このアルバムは、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』(1966)とビートルズの『サージェント〜』(1967)の影響をもろにうけた、現在のところ「サージェント・ペッパーズ症候群」と評価されるアルバムだそうである。確かに一曲目の「独房44」はビーチ・ボーイズのお日様ハッピーなコーラスそのものだという感じもするが、タイトルからくるイメージと歌われる内容がアンバランスな感じのする不思議な曲なのである。“バンド名ゾンビーズによるタイトル「独房44」”とは、かなり薄汚く暗い陰湿なイメージが思い浮かぶが、実際にこの曲を聴いてみると、もうすぐ出所する独房にいる友人(恋人?)のことを想った内容が歌われているのだが、とびっきり明るくてお日様キラキラハッピーな曲なのである。私にはこの「ちぐはぐ」な感じが、ゾンビーズというバンドの偉大な姿を物語っているような気がしてならないのである。

というか、『オデッセイ・アンド・オラクル』というアルバムのタイトルからして、売れなかったバンドが堂々と掲げるにはあまりにも「ちぐはぐ」すぎるのである。タイトルのオデッセイとはギリシャ神話に登場するオデュッセウスという機知に長けた英雄のことであるが、タイトルに掲げたオデッセイとは彼らゾンビーズのことを言い表しているように思えるのだ。神の怒り買ったオデュッセウスがさまざまな困難を切り抜けながら10年近くの歳月をかけて故郷の地を踏むまでの道のりは、ほとんどのリリースが不発に終わり、真っ当な評価をされなかったゾンビーズの姿に重なるところがあるような気もするし、もしくは開き直って自分たちはオデュッセウスだと最後の最後に言い切ってしまったかのような潔ささえ感じられる。まさにそうなのだ、このアルバムはゾンビーズがしめした、ひとつの啓示なのである。少なくともわたしにとってはそのような価値のあるアルバムである。

「独房44」も好きだが、二曲目の「エミリーにバラを」が一番好きである。ゾンビーズという名のバンドが作った曲とは思えないほど(またもや先入観)あざやかな色彩をまとった曲である。そしてもっとも悲しいメロディーと美しいハーモニーである。





ゾンビーズもまた、運に見放されたバンドであった。バンド名で損をしていると方々から言われるのはもはや聞き飽きたという感じもするのだが、冗談抜きにこのバンドはゾンビーズと名付けた時点で、本当のゾンビーズになってしまう運命を背負ってしまったのである。なぜなら『オデッセイ・アンド・オラクル』というアルバムが発売されたとき、ゾンビーズというバンドはもはやこの世に存在していなかったのだから。

ゾンビーズは61年にイギリス郊外の学友同士で結成された。ゾンビーズというバンド名は、初期メンバーのひとりの提案で、誰も真似しないだろうという理由であっけなく採用されたそうである。しかし半年後に名付け親だったメンバーは脱退している...。64年にロンドン・イブニング・ニュース紙の主宰するコンテストで優勝したことをきっかけに、当時のバンドなら申し分のないデッカからゾンビーズのデビューが決まった。

彼らもいわゆるブリティッシュ・インベーションの流れにのったバンドで、デビューシングル『She's Not There』が全英では最高位12位、全米では最高位2位の大ヒット。その後、アメリカではいくつかヒットを出し、わが日本でも『好きさ好き好きさ』のタイトルがヒットするが、本国イギリスでは鳴かず飛ばずな状況であったようだ。ジョン・レノンがプロデュースしたいと申し出たほどの実力を持ったバンドなのに、である。所属先のデッカがストーンズの売り出しに力を入れていたため十分なプロモーションがなされなかったという問題もあるが。ここまではまあ、よくありそうな話ではある。

67年にデッカが契約続行を拒否したため(もはや売れないということが一番の理由だろう)、ゾンビーズは新たなレーベルを探すことになった。イギリスに会社を開いたばかりのCBSが彼らを拾ってくれたのだが、そのとき彼らがレコーディングを行ったのはビートルズが『サージェント〜』を録り終えたばかりのアビイ・ロード・スタジオであった。このセッションの中から、67年9月にCBS移籍第一弾シングルをリリースしたのだが、不発に終わる。2ヶ月後にははやくも第二弾をリリースするが、こちらもまったく売れなかった。もはや楽曲印税収入のないメンバーはバンド活動への興味を失っており、68年にボーカルのコリン・ブランストーンとギターのポール・アトキンソンが脱退する。ここでゾンビーズは解散してしまう。

そんななか、CBSが契約にあったアルバムのリリースを要求してきたのである。残されたメンバーは録音していた曲をまとめて『オデッセイ・アンド・オラクル』を完成させるが、68年4月にイギリスでこのアルバムがリリースされたとき、すでにゾンビーズというバンドは解散した後であったため、プロモーションもできずに、結局話題になることもなかった。そしてイギリスで売れなかったことを理由に、アメリカのCBSはアルバムのリリースを見送ることにしたのだった。

しかし事態は好転する。その頃CBSのスタッフであったアル・クーパーがイギリスに滞在した際に、CBSから40枚ほどのアルバムを渡されていたのであるが、その中に『オデッセイ・アンド・オラクル』も含まれていたのであった。さっそくそれらのアルバムをチェックしたクーパーは『オデッセイ・アンド・オラクル』がとんでもないアルバムだということに気付き、CBSにリリースするよう求めた。

こうして発売されたシングルはアメリカでミリオンセラーにまでのぼり、半年遅れでリリースされたアルバム『オデッセイ・アンド・オラクル』も高い評価を得た。しかしゾンビーズというバンドはもはや存在しておらず、アメリカでコンサートの提案もなされるが、対応できる状況ではなかった。そんななか、アメリカ南部ではゾンビーズと名乗る偽バンドがツアーを行うという珍事件まで発生。ボーカルが事故で死んだので新しいボーカルを加入させて演奏しているという大ホラを吹いて客を集めていたのだから、解散後にゾンビーズの人気がいかに高まっていたか、その事実を知ることができるだろう。




ゾンビーズ最大のヒット曲は「ふたりのシーズン」である。先に書いた、車のCMに使われていた曲である。この曲だけやけに大人っぽくサウンドがまるで違うような気もするが、ぞくぞくする吐息に誰もが恋してしまうに違いない。私はその不憫なバンド名もふくめてゾンビーズがたまらなく好きである。


ODESSEY AND ORACLE(紙ジャケット仕様)
ザ・ゾンビーズ
インペリアルレコード (2010-02-17)

2012-01-29

私の好きなソフト・ロックのアルバム(1)ミレニウム『ビギン』(1968)



私が初めて買った洋楽のCD(レコードと書けない悔しさったらない)はビートルズの赤盤である。続いて青盤にも手を出すのだが、洋楽のCDには国内盤と輸入盤があるということすら「ねんねちゃん」の私は知らなかったので、赤盤は輸入盤を、青盤は国内盤を購入していたことが後々になって判明した。そういえば青いほうには歌詞の日本語訳がついていたのに赤いほうはついていなかったじゃないか!とだいぶ遅れて理解したのであるが、なぜ購入する時点で双方の価格設定に疑問を抱かなかったのかいまだになぞである。

ところで私の両親はいわゆるビートルズ世代であるのに我が家にはビートルズの、というか洋楽のレコードが一枚もない。母親がまだ若い頃、大事にしていたのは舟木一夫の「高校三年生」のレコードだったし、テレサ・テンと美空ひばりを彼女はよく聴いていた。父親にいたっては出稼ぎのような状況だったのでまるで嗜好がわからない。そんなわけで、洋楽にかぶれた親しい友人もない私は、グランジ、ブリットポップ、オルタナ、我が日本においては渋谷系...そんな実り多き90年代を生きながら音楽に対してあまりにも無頓着で、というか、今思えば私という人間はすべてにおいて晩熟だったのである。いまだにそうであるように。

私が影響を受けるのはいつも誰かの書いた小説のなかであった。はじめにビートルズがやってきた。ほとんど同時にビーチボーイズもやってきた。そしてドアーズが真っ暗闇のなかから扉を叩いた。夜空ではデヴィッド・ボウイが妖艶な笑みを浮かべてこちらを見下ろしており、ルー・リードが数多の言葉をたずさえて私の部屋に居座った。そんなある日、トレンチコートのポケットに眠る切符の穴からゲンスブールが這い出て来た......

という前置きはこのくらいにして、私はソフト・ロックというジャンルに属する音楽が好きである。ビートルズほどやかましくもなく、限りなくポップスに近い美しいメロディーで、時には美女によるウィスパー・ヴォイスに出会えたり、見事なコーラスワークを聴くことができる。それらはすべて輝かしき60年代の賜物である。あの時代に登場したグループは数知れず、うみおとされた名曲もまた浜辺の砂の数ほどであろう。

ミレニウムの『ビギン』(1968)はソフト・ロックの名盤中の名盤と言われるほど名高いアルバムだ。私が初めて買ったソフト・ロックのアルバムはこれである。まずこのジャケットが好きなのだ。内側から窓の外をながめているようにもとらえることができれば、ツバメかなにかの鳥が部屋のなかに迷い込んできたようにも見えるし、静寂という額縁のなかに解放的なイメージを流しこんだというようなジャケット。

ミレニウムというグループを率いたカート・ベッチャーという人はコーラスの魔術師と言われたほど、彼のコーラスアレンジは聴く人をうっとりさせるほど美しい。そしてこの『ビギン』というアルバムは、ミレニウムが唯一残したアルバムでもある。一曲目から目が回るようなサイケデリックなサウンド全開と思えば、動物の鳴き声がきこえてくる実験的な内容ぶり。しかし二曲目にしてすでにコラースの魔法にかかってしまう。ソフト・ロックに位置づけられているが、アルバム一枚をとおして聴くとわかるのだけれど、後半はプログレのような流れになり、ビートルズの『サージェント〜』やはたまたクリムゾンの『21st〜』にも引けを取らないアルバムだと、というか、それに匹敵するほど私は好きなアルバムなのである。

カート・ベッチャーという人は父親の仕事の関係で日本にも滞在していたことがあり、琴の音色をフィーチャーした、ザ・正月的サウンドがあったり、特に13曲目の「語りつくして」というナンバーは日本人の耳にとても馴染みやすいようなメロディーで、私の大好きな曲である。




このアルバムの製作にはコロンビア史上最高の金額が注ぎ込まれたのだが、前衛的すぎるという理由で宣伝にはほとんどお金をかけてもらえなかったので、結果的に売れなかった。しかしスポンサーである「コロンビア」を賛美歌のように歌い上げた面白いナンバーもあったりして、カート・ベッチャーという人はユーモアのセンスにも長け、リスナーを飽きさせることのない巧みな仕掛けを考え出す天才でもあっただろうと推測している。これを超えるソフト・ロックのアルバムに私はまだ出会っていない。


ビギン
ビギン
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ミレニウム
ソニーレコード (1997-04-21)

2012-01-28

Les Masques『brasilian sound』(1969)


今日は私が所有している数少ないCDのなかでもっともクールなナンバーと言ってもよい素晴らしいアルバムをご紹介。その名も、レ・マスクによる『ブラジリアン・サウンド』(69年発表)であります。レ・マスクというグループ名の通り、メンバーの名前を伏せて(マスク=覆面をかぶって)録音されたナンバーは、フランス語によるブラジル音楽でありました。

Alice HERALDのライナーによると、むかしむかし、ブラジル音楽に熱中する友人たちが一晩中大好きな音楽について語り明かしたところ、アメリカではブラジル音楽を英語で歌って広まっているのに、フランスではそんなことないよね、パリでブラジル音楽をやってもぜんぜんおかしくないよ、じゃあやっちゃおうか!

という彼らは実はプロのミュージシャンで、そのうちの一人がレコーディングスタジオを持っていたので、作曲家、シンガーである各人がそれぞれの持ち場を担当し、レ・マスクは誕生することになった。

彼らは運良くパリに来ていた3人の若きブラジル人、トリオ・カマラに遭うことができ、本場ブラジルの音を教わり、アルバムに生かすことができた。

マスクというグループ名は、カーニバルの雰囲気を感じることもできるけれども、彼らは謙遜して、覆面をかぶり名前を伏せたのかも?と書かれてあります。




かくして誕生したフレンチ・ボサノバでありますが、フランス語の響きはブラジル音楽との相性もばっちりで、全曲オリジナル、捨て曲ナシ!

私はフレンチ・ポップも好きですが、ソフト・ロックも大好きなので、美しいメロディーとコーラスワークにもうっとりしてしまいます。ブラジル音楽というよりは、お洒落なラウンジ系に近いような感じもします。

それにしても69年はロックシーンにとっても重要な年ではありましたが、友人同士が集まって軽いノリでこんなに素晴らしいアルバムを誕生させたという奇跡もまた、別の場所で起きていたのですから感慨深いものがあります。

私の無人島アルバム。これだけはなかなか揺るぎません。


2012-01-27

au revoir simone(オー・ルヴォワール・シモーヌ)ガーリーな佇まいもまた、良し


au revoir simone http://aurevoirsimone.com/(音楽が流れます)

au revoir simone(オー・ルヴォワール・シモーヌ)はNY、ブルックリンを拠点に活動するガールズトリオによるエレクトロバンド。メンバーはエリカ・フォスター、ヘザー・ディアンジェロ、アニー・ハートの3人で、2003年に結成された。バンドの名前からてっきりフランスの女の子たちだと最初は思っていたのだが、au revoir simoneというバンド名はティム・バートンの『ピーウィーの大冒険』にでてくる台詞からとったものだという。現在までにミニアルバム1枚、フルアルバム2枚、remixアルバム2枚、Kitsuneというフランスのレーベルから出ているコンピアルバムにも参加している。

彼女たちのサウンドは、ひとことで言うと「ノスタルジア」ということになるのだそうだ。アニエス・ベーやデヴィッド・リンチが早くから注目し、彼女たちのサウンドを絶賛しているところをみると、「ノスタルジア」というも表現もあながち間違いではないだろう。

もしかすると私はまだ彼女たちが言うところの「ノスタルジア」を感じるほどの年齢ではないのかもしれないが、初めてau revoir simoneのサウンドを耳にしたときのことを想い出すと、今でも胸がワクワクするようなときめきをおぼえる。きらきらと光の中を降りて来たあたたかな音のなかに、ときおり氷雪をふきつけたような冷たさが入り混じり、ドリーミィーなサウンドが一転してミステリアスな顔をのぞかせる。しかしそれは長くは続かず、センチメンタルな気持ちとともに再び心地良い夢のなかに誘うのであった。


彼女たちの活動は『verses of comfort, assurance & salvation』にはじまる。これは2005年3月に米英よりいちはやく、日本で先行リリースされている。全8曲、30分にも満たないミニアルバムだが、実質の1stアルバムと言っても申し分のない出来映えだと思う。実のところ私は彼女たちのアルバムではこれが一番好きなのだ。もちろん次回作に比べると、いまひとつ突き抜けた感じに欠ける地味なアルバムだけれども、彼女たちのガーリーな面が特にあらわれた、等身大の彼女たちらしいアルバムだと思う。おそらく初めての試みであるがゆえ、好きなサウンドをあるだけ詰め込んでいったのではないかと推測するのだが、意図的に全体的なまとまりは無視されているような印象さえ与える。ぜひ、少女の机の引き出しを上から順にそっとあけるような感覚で聴いて欲しい。チープな打ち込みが楽しいM2:Hurricanesや重厚なオルゴールのようなM6:The Winter Song、幕切れにふさわしい切ないM8:Stay Golden、すべてが魔法のようで、タイトルにもあるassurance & salvationな曲が必ず見つかるはずだ。






そして、彼女たちの知名度を高めたのが、本デビューのフル・アルバム『The Bird of Music』(2007年)である。mina perhonenのテキスタイルを使用したジャケットが日本では有名になり、私もminaのワタリドリにひかれ、思わずジャケ買いしてしまった人間のひとりである。彼女たちのことを知るきっかけになったのもこのアルバムである。収録されている「The Lucky One」が邦画『きみの友だち』の劇中歌に使用されていたり、日本ではライヴの衣装もmina perhonenが手掛けるなどして、ガーリーな佇まいも手伝って、彼女たちはデビュー間もなくしてすっかり話題の人であった。


このアルバムは2年前に出されたミニアルバムとは違って、なにか明確なコンセプトに基づいて作られたもののように感じられる。『Bird of Music』というタイトルどおりの、底抜けに明るい空と眩しい日差しの下で、女の子たちがあれもこれもと好き勝手にお喋りしているようなシーンが浮かんでくる。アルバム全体をとおして前作よりも厚みをもち、あたたかみのあるサウンドが一輪花のようにぱっとひらいて、おもちゃ箱をひっくり返したようなさまざまな音色がおはじきのように広がる。コーラスワークが美しいM1:The Lucky One、リズミカルな打ち込みとはうらはらにセンチメンタルな気持ちになるM2:Sad Song、ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」のイントロそのまんまのM5:A Violent Yet Flammable Worldなど、空を駆け巡る夢を見ているかのように幸せな気分に浸れるアルバムになっている。




2009年に発表した『STILL NIGHT, STILL LIGHT』は前作とは真逆のコンセプトに基づいてどこか深いところに潜って製作でもしたかのような、ジャケットの雰囲気そのままの世界が聴ける。サウンドそのものは変わっていないのだが、彼女たちが変わろうとしているなにかが見え隠れするような、一種の危うさを秘めたアルバムのようにも感じられる。彼女たちはこのアルバムを引っ提げて、日本でのアニエス・ベーの25周年イベントでパフォーマンスを披露している。彼女たちの音を愛するアニエスからじきじきにオファーがあったとのこと。国内盤のシュリンクにはアニエス・ベーのコメントが入ったシールが貼られていた。こういうちょっとしたものでも私は捨てられず取っておいてしまうのだが、ちなみにどのようなメッセージが書かれているかというと、「oh! オー・ルヴォワール・シモーヌ...とても才能があって、可愛いあなた達3人が大好き!」(agnes b.)




そんなわけで、私も彼女たちの新しいアルバムを首をながくして待っているファンのひとりである。個人的には彼女たちのガーリーな佇まいと、ファッションも大好き。彼女たちを見ているとやっぱり髪伸ばそうかなあとか、思ったりするんですよネ。


The Bird of Music
The Bird of Music
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Au Revoir Simone
RALLYE (2007-04-14)


Still Night Still Light
Still Night Still Light
posted with amazlet at 12.01.27
Au Revoir Simone
Our Secret Record Co (2009-05-19)

2012-01-24

ミュゼット『datum』ダートゥム

Musette『datum』2009

ミュゼットはスウェーデン人、Joel Danell(ヨネル・ダネル)によるソロユニットで、主にピアノ、アコーディオン(ミュゼットという名前も狭義の意味で由来している)、口笛、ギター、バイオリン、ウッドベース、オルゴールといった楽器を使用した環境音楽である。

彼の紡ぎ出す作品の特徴はなんといっても、最近のヴォーカルのないインストルメントとしては珍しくコンピューターでの加工をいっさい行っていない録音方法である。と、このように書くと地味な印象を持たれるかもしれないのだが、いや、ノスタルジックなあたたかみのあるピアノの音などを再現するために、ピアノの中に毛布を入れて叩き出しているというのだから、実際に地味な作業はしているのであるけれども、アコースティックな楽器だけによる演奏の素朴さというか素直さというか、彼の音楽に取り組む姿勢が気取らず、誠実でなものであることがなによりもシンプルに伝わる作品となっている。

そんな優しさに溢れた音ばかりを集めたのがこの『datum』(ダートゥム)というアルバムである。「datum」とはスウェーデン語で「日付」を意味する。その名のとおり、アルバムに収録された曲名はすべて日付である。ヨネル自身がカセットテープに日々録り溜めておいた四季折々の記録を、仲間とともに録音しなおしたのがこの『datum』なのである。





ピアノの音がクッションのように心地良く響く、川原で春の日差しをあびて寝そべっているような感覚をおぼえる作品もあれば、どことなく西部劇の乾いた荒野を放浪する場面を思わせるような口笛を主役にした作品もあり、サイレント映画のモノクロの世界を軽快に揺らすような作品もある。すべての作品に共通しているのは羽根のようにやわらかなピアノと、ざらついたノイズがかすかに含まれているような、クリアではないどこかくぐこもった音であることだ。これらはアナログの懐かしさを感じさせ、アコーディオンの音はレトロな雰囲気を醸し出し、繊細なピアノにほんのすこしセンチメンタルな気持ちになる。

タイトルの日付から連想される季節の記憶をたどって音に耳を澄ませて懐かしむのも、やさしい子守歌として眠りに落ちるのも、様々な顔をのぞかせる音から空想世界の映像を思い描くのもまたよいであろう。このアルバムにはそんな多種多様の楽しさや癒し、懐かしさ、情緒的なシーンがぎゅっとつまっている。


Datum
Datum
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ミュゼット
p*dis/Inpartmaint Inc. (2009-10-08)