2012-12-11

アキ・カウリスマキ再び、カウリスマキ映画の音楽について『過去のない男』(2002年・フィンランド)

カウリスマキ映画における最大の魅力ともいえる音楽だが、その扱い方も実にユニークである。なんといっても面白いのはバンドの演奏が挟み込まれることだろう。初めてカウリスマキの世界に触れたとき(それは『過去のない男』であった)脇役のはずであるバンドの演奏シーンにあまりの時間を割いているので驚いた。カウリスマキの作品に出演するバンドは単にBGMとして扱われるのではなく、ときには主人公の心情に寄り添った歌詞をうたい、物語を象徴するようなスタイルで登場する。


カウリスマキはいつも確信犯的にバンドの演奏シーンを入れてくる。『10ミニッツ・オールダー』というオムニバス映画(ゴダールとかベルトリッチとかヴェンダースとか錚々たる監督が参加している)のなかでも、10分という制限時間があるにもかかわらずやはりバンドの演奏をもってきて、観ているこちらが時間を心配してしまったほどだ。



寡黙で無表情な人々が行き来するカウリスマキの映画において、音楽が重要な役割を担っているというのは理に適ったスタイルのように思えるのだが、一筋縄でいかないのがカウリスマキである。音楽が大好きな、そして古いものに愛着を抱くカウリスマキらしく、タンゴ(フィンランド人はタンゴの発祥はアルゼンチンではなくフィンランドだと思いたがっているらしい)、ブルース、ロック、ジャズ、クラシックからムード歌謡にいたるまであらゆるジャンルの音楽を混在させる。カウリスマキが映画に使用したことでフィンランド国内で再評価の高まった歌手も中にはいて、そもそもカウリスマキが監督としてのキャリアをスタートさせたのは、兄であるミカ・カウリスマキとの共作『サイマー現象』で、これはフィンランドの3組のロックバンドのドキュメンタリーであった。また、カルト的人気を博したレニングラード・カウボーイズというバカバカしくも素敵なバンドの誕生にもおおいに関与しているのだが、これがまた面白いエピソード満載なのでまたの機会に紹介することにして、今日はバンドの演奏シーンとともにカウリスマキの最高傑作と名高い『過去のない男』のことを少し。



『過去のない男』(2002年・フィンランド)は80年代から90年代とカルトの監督と認識されていたカウリスマキがカルトから脱し、正統派の力強い物語で世界各国からの支持を集めた本物の名作である。


とある駅で電車を降りた男が公園で寝入ってしまい、不幸なことに暴漢に襲われてしまう。親切な家族に助けられ、男は元気を取り戻すが過去の記憶を一切失ってしまっていた…。まあ早い話が一人の男の再生の物語である。住民やホームレスたちと親しくなって困難を切り抜け、貧乏ながらも前を向き、新たな生活をスタートさせた男だったが、どうしても救世軍(お役所)の力を借りざるを得なくなってしまう。しかしこの男、周囲に頼ってばかりではなかった。ガラクタの山から拾ってきたジュークボックスから聞こえるロックンロールに癒された男は、住民たちにロックの、音楽の素晴らしさを教えるのである。




この映画に登場するバンドはフィンランドで97年に結成されたマルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカ(Marko Haavisto & Poutahaukat)。救世軍に所属するバンドという形で出演している。救世軍のバンドだから、お決まりの曲をそつなく演奏することしか知らない彼ら。そこで男はロックをやってみたらどうだ?と提案、バンドのマネージャーにまでなってしまう。男が企画した救世軍の屋外コンサートのシーンで演奏される曲は「悪魔に追われて」。




もうひとつ、本作を代表する音楽は『思い出のモンレポ公園』という哀愁漂うブルース。どこかとぼけた感じのムード歌謡である。マルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカの演奏をバックに歌うシワシワの顔のおばさんはフィンランドの国民的歌手であるアンニッキ・タハティ。彼女も救世軍で働く女性の役で出演している。見ればみるほど迫力のある顔のおばさんだが、1955年に録音されたこの曲はフィンランド初のゴールド・ディスクに輝いたそうである。これは1940年の冬戦争でロシアに割譲されたカレリアのことを歌っていて、この冬戦争というのはフィンランドの歴史において今なお語りつがれる概念を生み出したものとされている。冬戦争の精神の合言葉は「仲間は置き去りにしない」。カウリスマキの映画にもその精神は流れている!




そして日本人なら思わずにやりとしてしまうのは、クレイジーケンバンドの『ハワイの夜』が流れる列車で寿司を食べるシーンがあること。さらに小野瀬雅生のインスト『Motto Wasabi』(もっとワサビ)!これはワサビが大好きなカウリスマキから直々に「Motto Wasabi」というタイトルの曲を作って欲しいと頼まれ実現したそうだ。昭和の情調漂うCKBの曲はカウリスマキの世界になぜだかびしっとはまるのだから不思議である。そう、カウリスマキがスクリーンを通じて蘇らせたフィンランドのムード歌謡と昭和歌謡はどこか似ているのだ。現に私が車で音楽をかけていると母はいつも「また変な曲聴いてるね」と言って顔をしかめるのだけれど、このサントラだけは「珍しく良い曲聴いてるね」と言って何曲も聴き入っていたのだから。



「過去のない男」オリジナル・サウンドトラック
ビクターエンタテインメント (2003-02-21)

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