ラベル 私のミューズ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 私のミューズ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013-06-26

Chantal Goya シャンタル・ゴヤ、ゴダール『男性・女性』のヒロイン


彼女は自分の世界を創る
いきいきとして優しく/デリケートで美しい顔
美しい歯 美しい肌/美しい骨格 美しい微笑
繊細な表情と/軽快で優雅な身ごなし
豊かな芸術的感受性に/恵まれた真実の美しさ
精神の怠惰ではなく/本能の誠実と明晰

— ジャン=リュック・ゴダール『男性・女性』



シャンタル・ゴヤ(Chantal Goya/1946年-)は60年代半ばに活躍したフランスのアイドル歌手。いわゆるイェイェ(アメリカやイギリスの新しい音の影響を受けた大衆音楽、フレンチ・ポップス)時代の全盛期にデビューした。ゴダールの『男性・女性』(1966年)のヒロインとして有名。

お母様がカンボジア人だそうで、ちょっぴりエキゾチックで日本人受けしそうな可愛らしい顔立ち。映画出演時は19歳で、まだあどけないほんわかした雰囲気の女の子だけれど、骨格がしっかりしたお顔なので、ふとした表情に高貴な強さ、厳しさも感じさせる。音程・リズム感が危うい舌足らずな子供っぽい歌声も愛くるしく、『男性・女性』以外の姿は拝見したことがないけれど、瞬く間に私は彼女の虜になってしまった。



『男性・女性』ではマドレーヌという名前の新人アイドル歌手を演じ、等身大の役柄のようだ。彼女のモットーは化粧をしないこと、ハイヒールをはかないこと、スカートもジュニア風。本当に薄化粧らしく、おでこの吹き出物もばっちり映っていてそのことがとても微笑ましく思えたり。癖のように幾度となく髪に手を触れる仕草に胸キュン。

いつもは小難しいゴダールだけれど、この映画は初冬のパリをはしゃぎ回る若者の姿を生き生きと捉えていて、カメオ出演で豪華アイドルも登場して可愛らしい青春映画といった感じ。とにかく声が可愛いシャンタル・ゴヤ。マドレーヌのモノローグと劇中のイェイェは、カタルシスにも似た作用を引き起こす。



キュートなゴヤちゃん(そう呼びたくなるのはなぜ?)に憧れて、無謀にも髪型を真似ていた時期があった。母親がアジア人で黒髪のおかっぱという馴染みのあるスタイルに親近感が沸いてしまったのだけれど、肝心な顔のパーツが全く別物だということを完全に忘れていた私は、どう見てもちびまる子ちゃんなのだった。鏡に向かって「髪型は可愛いけどなんか違くない?」と自問自答していた思い出がよみがえってくる...。



映画の挿入歌も収録されている彼女のベスト盤は現在も入手可能。
躍動感あふれる「tu m'as trop menti」は、60年代にトリップした雰囲気が味わえる大好きな曲!イェイェを代表する名曲だと私は思っている。




Complete Sixties
Complete Sixties
posted with amazlet at 13.06.26
CHANTAL GOYA
Magic Records (2008-06-03)

2012-02-12

Eadie Sedgwick イーディ・セジウィック、Velvet Underground 「Femme Fatale 宿命の女」

イーディ・セジウィック!彼女についてなにから語ればよいのだろうか。両親ともに旧家の出身で、途方もないお金持ちの家に生まれ、恵まれた容姿、長い長い手足、細い身体でダンスが得意でリムジンを乗り回し、彼女がいくところにはいつも大勢の人だかりができていた。ケンブリッジからニューヨークへ、どこへいっても彼女は人気者だった。ウォーホールの、そしてボブ・ディランのミューズだった。

彼女もまた、60年代を体現したスターのひとりであった。ドラッグの過剰摂取による死。身体はボロボロになり精神までもが蝕まれても、イーディは美しかった。なによりとびきり可愛かった。28歳という短すぎる人生はドラッグがもたらした破滅だけではなく、なにか説明のつかないもの、セジウィック家がたどった不思議な運命の下にあったように思える。イーディはその運命から逃れるように、そしてなにかに突き動かされるかのようにもの凄いスピードで60年代半ばのN.Yアンダーグラウンドのアートシーンを駆け抜けていった。



私は60年代を輝いた美しく可憐な女性たちのなかでもイーディには特別な感情を抱いている。ほんとうに馬鹿げた話なのだけれど、誕生日が同じというだけの理由から、イーディと二人だけの秘密を共有しているような気持ちになるときがある。そんな勝手な思い込みがときには私を元気づけてもくれる。特にイーディがこの世を去った年齢に、28歳になった頃から彼女のことを考えることが多くなったように思う。

イーディは60年代のファッション・アイコンでもあったけれど、私が彼女に対する想いはファッションやメイクを真似るというような憧れともまた違っていて、失ったものを惜しむ気持ちに似ている。たそがれのなかで過去を慈しむようなとき、イーディのくしゃっとした笑顔をふと思い出したりする。会ったこともない古い友人のような不思議な感じ。

イーディがもっとも輝いていたのは22歳の頃で、「ヴォーグ」や「ライフ」にレオタード姿で登場している。上の画像は『ヴォーグ』の1965年8月号に載ったイーディ。後ろの馬はイーディ自身が描いたもの。イーディには(というか、セジウィック一族には)美術の才能もあった。馬についてはまたの機会に触れたいと思う。今日はイーディを知ることになった、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「宿命の女」について少し書きます。


ヴェルヴェット・アンダーグラウンドはアンディ・ウォーホルのプロデュースでデビューしたことは有名ですが、自らプロデューサーを申し出たのにウォーホルはバナナのジャケット以外、何もしなかった。ヴェルヴェッツのライブを見て彼らの音が気に入ったものの、実際には音楽畑のことはさっぱりわかっていなかったというのが本当の話で、レコーディングに関してはまるっきり何もわからなかったので、指示を出すとか文句をつけるとか、そのようなことは一切なかったそうである。

そのウォーホルがひとつだけルー・リードに注文をつけたのが、イーディ・セジウィックについてなにか曲を書いて欲しいというものだった。ヴェルヴェッツがファクトリーに出入りする頃にはイーディとウォーホルの関係は終わりに近づいていたそうだけれど、それが「宿命の女」という曲で、ニコがボーカルをとっている。私には「ファム・ファタール」と呼ばれるのはイーディよりもニコのほうがふさわしいように思えるのだけれど、ルー・リードによる歌詞を読むと、そこにはイーディの姿がはっきりとあらわれている。この曲を聴くと、いたずらな微笑みを浮かべた愛くるしいイーディが思い出されていつもほんの少し哀しくなる。でも、ルー・リードにしては珍しく可愛らしいバラードだから大好きでもある。





Here she comes
You'd better watch your step
She's going to break your heart in two
It's true

It's not hard to realise
Just look into her false colored eyes
She'll build you up to just put you down
What a clown

'Cause everybody knows (she's a femme fatale)
The things she does to please
She just a little tease
See the way she walks
Hear the way she talks

You're written in her books
You're number 37, have a look
She's going to smile make you frown
What a clown

Little boy, she's from the street
Before you start you're already beat
She going to play you for a fool
Yes It's true

'Cause everybody knows (she's a femme fatale)
The things she does to please
She just a little tease
See the way she walks
Hear the way she talks


彼女がやってくる
足元に気をつけたほうがいいぜ
彼女はお前の心臓を真っ二つに切り裂いてしまう
本当さ

難しくなんかないさ
彼女の偽りに彩られた瞳をのぞきこんでみな
彼女ったらお前を持ち上げてやりこめるつもりだぜ
なんてピエロなんだ

みんなが知ってるんだ (彼女は宿命の女)
喜ばせるためにしてることさ
彼女は小さないたずらっこ
ほら、彼女の歩き方を見てみろよ
なあ、彼女の話し方を聞いてみろよ

君のことは彼女の本に書いてあるぜ
37ページだよ、見てごらん
彼女は君を困らせるために微笑むんだ
なんてピエロなんだ

かわいい坊や、彼女はストリートの女の子
始まる前から君はすでにお手上げさ
彼女は君をからかって遊ぶだけ
本当だぜ

みんなが知ってるんだ (彼女は宿命の女)
喜ばせるためにしてることさ
彼女は小さないたずらっこ
ほら、彼女の歩き方を見てみろよ
なあ、彼女の話し方を聞いてみろよ





イーディ―’60年代のヒロイン
ジーン スタイン ジョージ プリンプトン
筑摩書房

イーディ写真集 girl on fire (P‐Vine BOOKs)
メリッサ・ペインター&デイヴィッド・ワイスマン
ブルース・インターアクションズ

Velvet Underground & Nico
Velvet Underground & Nico
posted with amazlet at 13.01.17
The Velvet Underground
A&M (1996-05-07)

2012-01-21

アンナはアンナである、ヌーヴェル・ヴァーグの花嫁 アンナ・カリーナ


ゴダールの映画が好き。というより、アンナ・カリーナが出演しているゴダールの映画が好きである。

カリーナのいないゴダール映画というのは、暖炉のない応接間、光の射さない窓辺のようである。ゴダール映画におけるアンナ・カリーナとは暖炉であり光なのである。アンナ・カリーナというひとりの女優をとおして彼の映画は息づき、感情という温度をまとい、美しくも哀しい言葉たちが、ときには溢れんばかりの愛に満ち満ちて、スクリーンをはしゃぎ回っているようでもあった。

ゴダールは、映画とは男が女を撮る歴史であると語ったが、ゴダールにとって女とは、少なくとも60年代の彼にとってのそれは間違いなくアンナ・カリーナであった。その証拠に、61年にゴダールはアンナ・カリーナを主役に『女は女である』というミュージカル・コメディのような稀に見る可愛らしい作品を撮ったが、それは映画をとおして『女は女である』ことの証明をおこなったのではなく、『アンナはアンナである』ことを一本のフィルムに収めたにすぎなかったからだ。

60年から67年のあいだに、アンナ・カリーナをヒロインにして、ゴダールは長編7本と短編を1本を撮っている。『小さな兵隊』『女は女である』『女と男のいる舗道』『はなればなれに』『アルファヴィル』『気狂いピエロ』『メイド・イン・USA』『未来展望』である。この7年のあいだに、二人は結婚し、離婚したが、カリーナは離婚後もパートナーとして彼の作品に出演し続けた。


「一人の女優と一緒に仕事をし、その女優を映画に出演させ、しかもその女優と一緒に暮らしていた」「アンナとぼくのこと」、「そしてある日、一人が涙を流している」としたら「その涙をそのあとの映画のなかで見てとることができた」(ゴダール全評論・全発言1)



私がアンナ・カリーナという女優を知ったのは、スクリーンの中ではなく、ある小説のなかにおいてであった。私が敬愛する作家のひとりである阿部和重の処女作『アメリカの夜』に、おそらくゴダールに関する諸説を引用するようなかたちでアンナ・カリーナの名前が登場したのだった。阿部和重は映画学校出身で、タイトルからしてトリュフォーなのであるが、彼の小説が好きでいろいろな作品を読んでいくうちに、私自身も映画を観るようになってしまった。

アンナ・カリーナという名前の響きがトルストイの『アンナ・カレーニナ』を彷彿させるので、実際に彼女の姿を拝見するまでは、ずっとトルストイの小説のカレーニン夫人のような内に情熱を秘めた凛とした貴婦人を頭の中に想い描いていたのだが、初めて観たゴダールの『気狂いピエロ』でそのイメージは跡形もなく崩れ去ってゆく。そして、アンナ・カリーナはこれまでに観たどの映画のなかにもいない、誰にも似ていない、素晴らしく可愛らしい女性であったのである!


アイメイクをバッチリと施した瞳、猫のような鋭い視線、しなやかな肢体、おもちゃをねだる子どものように甘えてみたかと思えば、あっけなく男を裏切る(もちろん映画の話だけれど)自由奔放なという言葉が彼女には嫌味なく似合うのである。そして、カリーナといえばそのファッションもゴダール映画における重要なポイントになっている。しかも、どれもほんとうに可愛いのである!『気狂いピエロ』ではピンクのフリルのついたワンピースに水色のカーディガンをはおり、右手にはマシンガンを持って、あるときは赤いワンピースに小さな犬の形のバッグを合わせている。港のシーンでのキュートなまぶしいマリンルックには、ターコイズ・ブルーのパンツにバレエシューズを難無く着こなしていた。

彼女のファッションを参考にするのは個人的にはかなり敷居が高いとも思っております。ゴダールは大胆に赤を使うことが多く、カリーナにも赤いセーターを着せたり、赤いストッキングを履かせたりしている。モノクロの作品だと、何の装飾もないシンプルなセーターに膝丈のスカートを合わせているだけであったり、それでもカリーナはとびっきり可愛いく着こなしているのである。もともと着こなしが上手い人なのだろう。誰にも真似できない、誰にも似ていない、稀有な女優、それがアンナ・カリーナである。どんな役名を与えられようと、アンナはアンナなのである。


アンナ・カリーナは1940年、デンマークのコペンハーゲンに生まれた。父は軍人、母は洋裁学校を営んでいた。母親は何度も再婚しており、決まった姓がなかったため、姓は捨ててHanne-Karin(ハンネ・カリン)という名だけ残して、アン・カリンと名乗っていた。

17歳のとき家出同然でパリに向かう。小汚い恰好でカフェにいるところを、モデルとしてスカウトされ、細々と活動をはじめた。未成年でお金もなく、ジュニア向けの洋服の写真をやっていたとき、カメラマンに「何か仕事がもらえるかもしれないから写真を持ってエレーヌ・ラザレフに会いに行きなさい」と言われ、彼女に会いに行った。彼女とは当時の『ELLE』の編集長である。

アンナ・カリーナという名前はココ・シャネルが名付けたというのは有名な話であるが、シャネル女史に出会ったのもこのときで、エレーヌ・ラザレフに会いに行くと、シックな婦人がもうひとりいて名前を聞くので、「アン・カリンです」と答えると、語呂が悪いからアンナ・カリーナにしなさいと即座に決められたのであった。たまたまそこで偶然出会っただけであり、カリーナはシャネルの店で仕事をしたことは一度もない。


身寄りもなく、知り合いもなく、小さなホテルに住み朝食だけで生活をしていた17歳のアンナ・カリーナは、まもなくピエール・カルダンのマヌカンとして活躍し始める。その頃、長編第一作目となる『勝手にしやがれ』を撮ろうとしていたゴダールは、カリーナが石鹸のコマーシャル・フィルムに出ているのを見て、この娘なら裸になるのは平気だろうと思い、ヌードになる脇役にカリーナを起用しようと電報で呼び出していた。カリーナは「脱ぎません」と断るが、4ヶ月後に再度ゴダールから呼び出され、今度はヒロインの役だと言われる。これが『小さな兵隊』(1960年)である。

しかしその直後に「ジャン=リュック・ゴダール主演女優兼恋人を発見す」という新聞記事が出て大騒ぎになってしまう。騒ぎのもとはそれより前に「ジャン=リュック・ゴダールは次回作『小さな兵隊』を準備中で、その出演者および恋人として18歳から22歳の娘を求む」というゴダール直筆の広告を見ていた女性ゴシップライターが勝手に想像を膨らませて書いた記事であったのだが、このことにカリーナは心を痛め、絶対に映画には出ないとゴダールに電話で涙の抗議をしたのである。すると電報がきて、


「ハンス・クリスチャン・アンデルセンのおとぎの国の少女が涙なんか流してはいけない」


というクサい文句とともに、ドアをノックするのであけてみると、ゴダールが赤いバラを50本も持ってあやまりに来ていた......





かくして彼女は映画狂のインテリ男から赤いバラ50本以上の愛を贈られ、男は彼女を、自身の映画に出演させるひとりの女優を手に入れたのである。ヌーヴェル・ヴァーグの花嫁の誕生であった。


我がミューズ、アンナ・カリーナ。そろそろ写真集のひとつでも出て欲しいと願っております。


:関連書籍:

Anna Karina: La Princesa de la Nouvelle Vague / The Princess of French New Wave
Albert Galera,Editorial Alreves S.L.(著)

(洋書/スペイン語)『ヌーヴェル・ヴァーグの花嫁』と題された、映画評論家によるカリーナの伝記。白黒のスクリーンショット、スナップ写真、カラー写真が掲載されており、用語辞典とフィロモグラフィーが完備されたアンナ・カリーナの研究書です。
>>>Amazon.co.jpで詳細を見る


FRENCH CHIC―perfect style of Parisienne
マーブルブックス(編集)

マーブルブックスのPerfect Styleシリーズから出た「パリジェンヌ」特集。ファッションやメイクの解説が載っています。このシリーズはデザインが可愛いのでペラペラめくって眺めるぶんには良いかも。
>>>Amazon.co.jpで詳細を見る

美人学入門―私はパリのモデルを育てた (1973年)
カトリーヌ・アルレ(著)

田舎の家出娘であったカリーナを発掘し、育てたフランスのファッション界の重鎮、カトリーヌ・アルレの著書。特別カリーナに関する記述があるわけではないのですが、60-70時代のファッション、モデル業界に興味がある方や美意識を高めたい方にお勧めです。
>>>Amazon.co.jpで詳細を見る

ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代
山田 宏一(著)

フランス映画評といえばこの方、トリュフォーの友人でもお馴染みの山田宏一氏によるカリーナのインタビューを収録。カリーナ本人が語る生い立ちは読み応え十分です。また、山田氏が60年代にカリーナのアパルトマンで撮影した貴重な写真も数点載っています。
>>>Amazon.co.jpで詳細を見る

ゴダールと女たち (講談社現代新書)
四方田 犬彦(著) 講談社

ゴダール映画のヒロインにスポットを当てた、ゴダールに関する軽い読み物。アンナ・カリーナ、ジーン・セバーグ、アンヌ・ヴィアゼムスキー、ジェーン・フォンダなど、ゴダール女優に興味があれば面白く読み進めることができます。
>>>Amazon.co.jpで詳細を見る



2012-01-07

彼女のいじらしいハミングはいつだって魔法のようだから

昨夜の予告どおり、今日は私の十年来のミューズとして心の核に君臨し続けておられる歌姫について付随する想いを綴りたいと思う。なにやら宗教めいた香りの漂う表現になってしまったが、今もなお聡明で可愛らしい方なので、今日は私の文体もいつもより柔らかな口調になりそうな気がしてもいる。

2000年代に入り、歌姫という言葉が幅広い意味であらゆる分野の女性歌手にあてがわれたが、今ではだいぶ使い古され、記号化された無機質な言葉のようでさえあるわけだが、さらに時代を遡ると、90年代前半にどこからともなくふらりとあらわれた歌姫がひとり、いたのであった。世間は彼女のことを「渋谷系の歌姫」とさかんに紹介したがっていたが、私自身(当時11-12歳)が渋谷系と呼ばれるものを渋谷の文化として体験しておらず、彼女の歌も渋谷系という名のつくモノのひとつとして聴いていたわけではなかった。そもそも渋谷系という言葉を知っていたかどうかすらあやしいところである。そしてそのころ渋谷系の王子と呼ばれていた小沢健二は「オザケン」として、襟の大きなシャツを着て、ブラウン管の向こうからいささかの胡散臭さをふりまいていた。(小沢健二のこのイメージは十年後に私のなかで激変する。もちろん素晴らしく良いものにである)

カヒミ・カリィを知ったのはアニメ「ちびまる子ちゃん」である。『ハミングがきこえる』(さくらももこ作詞、小山田圭吾作曲による)が「まる子」のオープニングを飾っていたのだ。同世代の人間と好きな音楽の話をしてカヒミ・カリィの名前を挙げると、たいていの相手は「ちびまる子ちゃん」のオープニングを連想するらしい。しかも、まる子の歴代のオープニングでは「ピーヒャラピーヒャラ」の次にこれを記憶している人も多いらしく、歌詞も覚えていてモノマネで歌えるという器用な方もなかにはいる。けれどカヒミが好きという友人はまわりにいなかったので(案の定、声がちょっと苦手という子もいた)学校ではカヒミ好きを公言することを封印していた。



そして私が動いている彼女を見たのは、「まる子」の放送の合間に流れていた森永ハイチュウのCMである。真っ赤なパッケージのハイチュウの山に寝転がって短い台詞を喋るのだが、彼女のウィスパーヴォイスは不思議なトーンを放ち、片言の日本語のように聞こえ、画面下に出現する「カヒミ・カリィ」というテロップも手伝い、国籍不明な佇まいであった。そして私は名前と歌声しか知らない彼女に淡い憧れを抱くようになる。

カヒミ・カリィ。魔術的な響きを持つミステリアースな名前、溜め息のような欠伸のような猫の鳴き声のような蚊の羽ばたきのような歌声、可憐で聡明な容姿、すべてにおいて完璧な一目惚れであった。こんなふうに書いてしまうとちょっと狂信的な気もするけれど、彼女はもうずっと私の憧れの女性のひとりである。アクサン、セディーユ、慣れない綴り字記号にうっとりした十代の頃は、歌詞カードの中から意味もわからぬままフランス語を書き写していた。彼女の活動に影響されて第二外国語には迷わず仏語を取った。(ここまでしておきながら仏語の上達とは無縁のまま現在に至る)




初めて買ったCDはまだ小山田圭吾がプロデュースしていた頃の『Girly』である。まずはキュートなタイトルにロック・オン!(余談ですが私の携帯のメールアドレスは変更するときには決まってこのカヒミ界隈をうろついています)彼女の容姿が好きだったので、ジャケットに顔が大きく出ているものを選んだ。このジャケットはゲンスブールの『メロディー・ネルソン』のジャケットのパスティーシュ。ぬいぐるみを抱いたキュートな姿のジェーン・バーキンで有名。もちろんそんな背景を知るよしもなく、さらには収録されている『LOLITA GO HOME』がゲンスブールの楽曲のカバーであることにもまったく気付かずに、そのまま十年近い歳月をすごした。のちにゲンスブールに興味を持って色々と調べていくうちに、実は自分が気付いていなかっただけで彼の曲を何度も何度も聴いていたという事実を知って驚き、そしてとても嬉しくなんとも言えぬ誇らしい(!)気持ちになる。
当時13歳?か14歳の私。カヒミ・カリィについてはほとんど何も知らないのに、小山田圭吾の名前は知っていて、彼がソロデビューした際にミュージックステーションでタモリに「一人なのにコーネリアスなの?小山田圭吾でいいんじゃない?」と突っ込まれていたのをなぜだかずっと覚えていた。しかし肝心な(?)、二人が恋人同士であるという事実はずっと知らずにいた。彼女のCDは近所の今はなき中古屋さんですべて揃えていった。運良くそこの中古屋さんには当時発売されていた彼女のCDがすべて置いてあったので、好きなジャケットから選んで買い揃えていった。CDは幾度となく聴いたけれど、彼女に興味はありながらも音楽雑誌まで手に取るようなことはなかったので、あのとき必死になって読み漁ってたらもっと早くゲンスブールやフレンチ・ポップ、ソフトロック、もちろん音楽だけではなく60年代〜70年代の素敵な映画の世界についても深く知ることができたのに、そう思うととても残念でならない。だから私はその時間を取り戻す為に、30代を目前にしてまさに十代の頃のような必死さで未だなまぬるい時に浸りながらこのようなブログをせっせと書いてしまっているのだろう。


カヒミは小柄で、歌声だけでなく普通に喋っているときの声もか細くて聞き取り難いくらいだけれど、声のイメージから儚げな女性をイメージすると、それは彼女にはあまり似つかわしくないような気がする。彼女は強く気高くて美しい人だ。凛々しさをたたえた大きな瞳は彼女の意思の強さをあらわしていそう である。ライフワークからは知的でクールな印象を受けることもあるけれど、彼女のインタビューや文章からは特別なバリアを張ることのないチャーミングな人柄が垣間見えたりする。そして、結婚されてからは言葉の節々にやさしさや柔らかさをまとった「色」が感じられるようになった気がしている。以前はカヒミ・カリィといえ ば白か黒、どちらか一色の人というイメージがあった。


カヒミ・カリィは正体不明だがなんだかとても趣味の良い人、という勝手なイメージが良くも悪くも90年代から現在もそのまま徹底して一人歩きしているような人かもしれない。しかし最近では定期的に更新されるブログを見ると、昔の彼女からは想像もつかなかったようなライフスタイルを提示していて、ほっとしたような寂しいような、複雑な気持ちでながめてしまうこともある。それでもカヒミはこれからも私の一部を負ってくれるのだろうと思う。だって、彼女のいじらしいハミングはいつだって魔法のようだから。その声で私は少女の気持ちを取り戻す。私はまだまだ甘い砂糖菓子の溶ける世界でくたびれたぬいぐるみを抱いていたいのかもしれない。



最後に『Girly』の可愛らしい歌詞カードを。これを見た瞬間(渋谷系のCDの作りってほとんどがそうなのだが)やっぱりカヒミはお洒落な人!というイメージが決定的になる。映画『カラスの飼育』に登場する「Porque Te Vas」のカバーも大好きで、今も時々当時を想い出しては聴いている。



Girly
Girly
posted with amazlet at 12.01.08
Kahimi Karie
CRUE-L RECORDS (1994-06-25)


さて、明日は語ることもためらってしまうほど美しい、世界一見目麗しきロック・スターでトリック・スターでスーパー・スターのお誕生日です。