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2012-02-14

阿部和重の処女作『アメリカの夜』(1994)


おそらくこの小説に出会っていなければ、このブログで扱っている内容とは一切無縁であっただろうし、そもそも今の私を形成するあらゆる事柄はほとんどこの小説に影響されたといってもよい。ここ数日というもの相変わらず偏頭痛がひどいのだが、この小説について書くのはいったい何度目になるだろうと思いながら、荒れ狂った本棚から文庫本を引っ張り出してみる。

私はとにかく影響を受けやすいタイプの人間で、ヒトラーが同じ誕生日だと知った時にはとてつもないショックを受けたものだが、その一方で、自分が特別な人間であることの証明になるのではないかと、ヒトラーと誕生日が一緒だということをことあるごとに周囲に喋りまくっていた。もちろんここでは自分以外の4月20日生まれについてはまるで問題にしないというのが暗黙の了解といわんばかりに前提としてあるわけだが、このどうしようもない自意識でうまくやっていけていた十代の頃を振り返ってみると、自信家でアイドル気取りのいびつな恰好をした小娘が何を根拠に自称特別足りうる存在で、ある人曰く明朗活発に暮らしていたのかまるで不思議でならない。今のわたしにとって過去というものは少なくとも良き思い出というよりひとつの脅威になりつつあるのだが、結局のところ大人になったと言えばよいのか、早い話が、自分は特別な人間でもなんでもないという事実を受け入れることがこんなにも困難で苦痛をともなう経験だということを否応にも思い知らされているところである。私もまた、ろくでなしのジレッタントにありがちなストーリーを歩んでいるというわけだ。


阿部和重の『アメリカの夜』(1994年)という小説はそんな私の姿を生き写しにしたようなばかばかしくおかしな面白い話で、長いあいだ私のバイブルだった。もちろん今でも大好きで、さきほど数年振りに読み返してみたのだが、二十代前半の頃に夢中になった時ほどの、この作家について行くぞと思わせるような情熱はもはや薄らいでいたものの、やはり面白い小説だった。強いて言えばおびただしいほどの文学作品の引用というやりかたで文学に近づいていきながらも、裏では文学的な気取りを極力おさえようという、いかにも新人賞に応募するような、真新しいことをしてやろうという素人っぽさが露骨にあらわれていたぐらいのものだった。もはや承知のとおり、『アメリカの夜』というタイトルはトリュフォーの映画からとったものだが、応募時は『生ける屍の夜』というタイトルだった。阿部和重は映画学校出身なのだが、もちろんいつか映画を撮るつもりで脚本を書いていたのである。しかし彼のいうところの脚本が回りくどくどんどん長くなってしまい、それならばという感じで小説を書くようになってしまった人である。


この小説の主人公である中山唯生に自分自身の姿を重ねる人は多いのかもしれない。よくある若者の自分探しの物語だが、誰よりも「特別な自分」であることを証明するためにこの主人公はブルース・リーの模倣をしたり、既存の小説の主人公にならって気違いになってみようとする。十代の頃であれば誰もが経験したであろう憧れの人物の髪型を真似てみたり、ファッションや立ち振る舞いを真似してその人物になりきったところで、そのことが友人と自分の差異を引き延ばすわけでも、自分を一段高い場所へと導くわけでもなく、結局は「特別な存在」にはとうていなれないという虚しさを募らすだけなのだが、中山唯生はそのことを十分に理解していながらも馬鹿馬鹿しいほどせっせと「特別な自分」の証明を試みようとする。なにがそこまで彼を駆り立てるのかといえば、理由は単純で、秋分の日が「特別」な意味を持った一日であるという情報をある小説から得た彼は、秋分の日生まれである自分が「特別な存在」となるためには春分の日よりも秋分の日が勝っていることを証明しなければならないと思いはじめたからである。このあたりはまさしくヒトラーと同じ誕生日だということになにか「特別」な啓示を受取ったような気でいた私と大差なく、最初から最後までまるで自分のことが書いてあるような小説だと思ったのだ。


というわけで阿部和重はずっと私の文学的アイドルの頂点に君臨している作家なのだが、この小説でトリュフォーはもちろん、ゴダール、アンナ・カリーナの名前を知り、映画の世界に足を踏み入れ、プルーストを読み、ドン・キホーテを読み、バロウズを読み、彼のほかの作品も読んでいくうちに60年代のサブカルチャーにも興味を持つようになっていったのである。阿部和重の小説はどうも男子校の雰囲気が強く、女性の読者が少数だと言われているのだが(おそらくそれは嘘である)、なぜだか私は彼の小説も彼のことも大好きで、同じ東北の出身というあたりにどこか共感するものがあるのかもしれないし、どことなく胡散臭い感じのする部分が好きなのかもしれない。そういえば阿部和重はコーネリアスが好きで、この『アメリカの夜』は既存の文学からのおびただしい引用で彩られている小説なのだが、コーネリアスのサンプリング音を駆使した作風をどこか感じさせるものである。阿部和重はデビュー当時に文学界のフリッパーズ・ギターと呼ばれていたそうだが、小沢健二に例えられた人物はいったい誰なのか私は知らないのである。ご存知の方がおればぜひ教えて下さい。






ところでいま読んで初めて気がついたのだが、ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』の邦訳が引用されていて、この部分から感じたのはこの小説は中山唯生の延々と続く自己紹介のようなものだということだ。それは、『悪魔を憐れむ歌』が「自己紹介させてください/私は財産家で贅沢屋の男です/私は何世紀も生きてきました/大勢の人の魂と信仰を奪いました〜」という歌詞にはじまる6分半にわたるルシファー大魔王の曲であるのと同じで、饒舌な語り手が間髪を入れずひたすら喋り続けているのである。この小説を読むときに必ずはまりこむ文学的な要素を完全に無視した阿部和重の文体のスピード感のなさ、しかしそこにくっきりとあらわれる滑稽なリズム感が何かに似ているとずっと思っていたのだが、おそらく『悪魔を憐れむ歌』を聴いているのと同じような作用をもたらしているのだろうということがわかった。もちろん『悪魔を憐れむ歌』が滑稽だというわけではなくて、曲の冒頭から最後までずっと規則正しく刻まれるビートに思わず体を揺らさずにはいられない曲である。そして阿部和重の小説も一度そのビートに乗るとおそろしいほどのドライヴ感に身をさらすことができるというわけである。


アメリカの夜 (講談社文庫)
阿部 和重
講談社

2012-01-11

私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった

今日はいつか機会があれば真っ先に紹介したいと思っていた一冊の本をとりあげる。これは一年半ほど前に図書館の新刊コーナーからたまたま借りて読んだものであるが、いたく感銘をうけるとともに、それから何日もこの本の持つ影響下から抜け出せなくなってしまったという多少の痛みを伴う読書体験でもあった。



この本はイギリスのBBCで近代現代史番組の制作にたずさわった経験のある女性二人によって書かれたものである。きっかけとなったのは、第一次世界大戦に関するテレビ番組の制作過程で史料収集を行った際に、名もない兵士や市民たちが遺した日記や手紙を入手したが、なかでも子どもたちの書いた日記に釘づけになったことだという。

「やむなく戦争の中で成長期を過ごさざるをえなかった子どもたちが、さまざまな不条理や大人たちの論理とぶつかりあいながらも、あくまで自己に正直であろうとする姿勢に、私たちは強くうたれたのです」(スヴェトラーナ・パーマー)

二人の著者はその後、舞台を第二次世界大戦にうつし、第二次世界大戦中に青春時代をすごしたティーンエイジャーたちが遺した日記、手紙類の収集をはじめた。

「連合国と枢軸国の両側から『子どもたちのみた戦争』を描きだしたいと考えていた」(サラ・ウォリス)

二人は数年かけて集めた膨大な資料のなかから、英語、ロシア語、ドイツ語で書かれたものは自分たちで直接読み、ポーランド語、日本語のものは調査を依頼するなどして、著作権継承者の許可を得るという作業も含めて、本書の完成には約五年の歳月がついやされている。



ナチスによるホロコーストをつたえる書物といえば、ユダヤ人の少女が書いた『アンネの日記』が真っ先に思い浮かぶが、親の目からも敵の手からも離れた場所で若者によって書かれ、戦火を免れることのできた記録は我々が想像する以上に現存している。この本は日記や手紙を中心とした少年少女の記録を収集し、さらにそのなかから文章の質の高いものやユニークな語り口のものを選んで翻訳したものである。著者の最初の目的は、第二次世界大戦のはじまりから終戦までを思春期として体験した人物の日記を探すつもりであったそうだが、現実はそううまい具合にできてはおらず、戦時中をとおして書かれている日記もあれば、戦争が始まってから少しおいて日記を書き始めた者もいたり、一部が欠けていたり、途中で長い空白の時期があってから再度書き始めていたり、突然日記が途絶えたものもいる(多くの場合それは書き手の短い人生を意味している)


本書における若者の記録は1939年9月から1945年の終戦までを年代順に並べているが、戦争の歴史をたどるのが目的なのではなく、あくまでも戦争という出来事にまきこまれた登場人物たちの考えや感情たどることである。もちろん彼らが国の代表というわけではなく、敵国であろうが何千マイルも離れた地にいようが、そんなことはあまり関係なく、彼らの考えや感情が衝突したり思いがけず重なり合ったりするところに戦争の闇と光が見え隠れする。偶然だと思うが虫歯、歯医者について同時期に数名が心配している箇所もあった。


登場する若者は16人で、それぞれの国籍はポーランド、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、ロシア、日本となるが、戦時中どこに身を置くかによって彼、彼女らにはまったく異なる運命がふりかかることを読者は今更ながら目撃せねばならないだろう。開戦から終戦まで随所に登場する、本書の中心ともいえる人物が数人おり、彼らの存在がこの本に光をあててくれている。


一人目はイギリスのブライアン・プールという16歳の少年で、ボーイ・スカウトを卒業し、軍に入隊できる日を楽しみに待ちわびている。彼はアメリカのニュージャージー州に住むトルーディーという同い年の女の子と文通していて、二人の交信は戦時中も途切れることなく続いていく。

二人目はフランス、パリに住む13歳のミシュリーヌ・サンジェという女の子。彼女は負けん気が強く、おませで、思春期の少女らしい恋の悩みなどを日記につづっている。イタリア将校に恋をし、自らの立場と彼への想いのあいだで揺れ動く。

三人目はニューヨークに住むデヴィッド・コーガンという12歳の少年。両親はユダヤ系の移民である。彼はユダヤ人移民のコミュニティ活動を通じて交友を広げ、青春を謳歌していたが、大西洋の向こう側では同胞への迫害が始まっている。その思いを日記に綴っている。




そのほか、ポーランドには虐殺の恐怖におびえながら運命に立ち向かうことを決めた少年や、手に入る唯一の紙であった『ほんとうの豊かさ(レ・ブレ・リシュ)』というフランスの小説の余白にびっしりとヘブライ語、イディッシュ語、ポーランド語、英語を使い分けて思いを吐露した少年がいた。そしてドイツには熱心なナチス党員である父と兄に遅れをとるまいと、祖国へ身を捧げる情熱を持つ少年がいた。

ロシアでは飢えに苦しみながら日記で食糧難を嘆いて亡くなっていった少年、男子だけでなく女子も国のために闘うべきだという信念のもと、前線へ出向いた少女。日本からは、疑問を持ちながらも特攻隊に志願し、戦地で亡くなった佐々木八郎という青年、軍の飛行場があった福島県原町に住む加藤美喜子という女生徒と、家業の牛乳店に息抜きにやってくる特攻隊員との交流がれている。


訳本でありながら手紙や日記部分のダイナミズムが損なわれていないのは、日本語版を出版する際に、英語で書かれた原書をそのまま日本語に訳したのではなく、登場人物たちが遺した日記や手紙はそれぞれの母国語(ロシア語、ドイツ語、フランス語など)で書かれているため、英語版の翻訳ではなく、それぞれの言語から日本語へ直接翻訳するという形をとっているからだ。さらにこれらを翻訳したのは亀山郁夫(ロシア語)、河野万里子(フランス語)、関口時正(ポーランド語)、赤根洋子(ドイツ語)、田口俊樹(英語)、という翻訳界の第一線におられる方々である。(恥ずかしながら私は亀山郁夫氏の『カラマーゾフの兄弟』しか読んだことはないが、河野万里子氏はサガンの新訳や『星の王子さま』、赤根洋子氏は『ヒトラーの秘密図書』や『フロイト先生の嘘』など多くの翻訳を手がけおられる)


ナチスによるホロコーストという非常に重苦しい空気がたれ込めるが、この本に登場する若者たちは戦争という酷く悲惨な事態に身を置きながらも、戦時下の少年少女として生きなくてはならなかった運命のなかに、喜びや笑い、勇気や希望を見出しながらしっかりと前を見据えて生きるまっすぐな姿にまずいちばん心打たれる。今日はこれを書くにあたって再読しようと思い、図書館からふたたび借りてきたのだが、このような素晴らしい本は手元に置いておきたいのでいつか購入しようと思っている。多くの人に手にとってもらいたい本である。



私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった
サラ・ウォリス スヴェトラーナ・パーマー
文藝春秋