2014-06-01
June 1, 1974 悪魔の申し子たち〜その歴史的集会より
1974年6月1日、ちょうど40年前の今日、イギリスはロンドンのレインボー・シアターでスペシャルなショーが行われた。イーノ、ジョン・ケイル、ニコ、ケヴィン・エアーズ。こうして改めて名前を書くと、泣く子も黙る「トンデモナイ」メンバーだが、後年の私たちが歴史的だの伝説だのといくら騒ぎ立てようが、はっきり言ってそんなことなど全く意に介さぬような人たちでもある。
どうやらこのショーはケヴィン・エアーズのレコード会社移籍後に初めて発表されたアルバム『夢博士の告白』を記念して開催されたようだ。まずはケヴィンが友人のニコを誘い、ニコがジョンに声をかけ、ジョンがイーノを引っ張って来たという。巨匠と称される現在の姿を思い浮かべると、メンバー中いちばん年下のイーノの存在がなんとも微笑ましい。イーノはこの時期アンビエント・ミュージックにまだ開眼しておらず、ロキシー・ミュージックを追放されてソロとなり、捻くれたヘンテコ・ポップ・ミュージックを展開しながら羽を伸ばしていた頃で、後に「ケヴィン・エアーズは絶対、僕の一番好きなミュージシャン!それほど多くの人に認められていないのが残念だ」(1975.2 Music Life)という発言をしていることからも、イーノにとって彼らとの交流はかなり刺激的な経験だったことがうかがえる。
アルバムの1,2曲目を飾るのはそのイーノだが、相変わらず美形なのにハゲでロン毛というなんとも奇抜な風貌で調子っぱずれの歌声を披露し、只者ではない不気味な雰囲気を醸し出している。続くジョン・ケイルはプレスリーの「Heartbreak Hotel」、ニコはドアーズの「THE END」のカバーだが原曲の面影は薄まり、かなり物々しいパフォーマンスだ。個人的にジョンのアレンジはプレスリーより断然好みだが、ニコに至っては惨憺たる儀式のようで狂気すら感じさせる。邦題を「悪魔の申し子たち」と名付けたのも納得だ。
元々この人たちは上手くやろうとか技術的な側面に重きを置くタイプのアーティストではなく、アヴァンギャルドの精神で実験的な音を作り上げることで知られるロックの異端児たちである。イーノの不気味な可愛さ、ジョンの屈折した男気、ニコのファムファタールで魔女的な?色気とが沸々と混ざり合ったこの前半部分だけでも「奇跡」のアルバムと呼ぶにふさわしいのかもしれない。
しかしこのアルバムの主役は間違いなく後半のケヴィン・エアーズである。彼の前では巨匠イーノもヴェルヴェッツの2人も霞んでしまう。
ケヴィン・エアーズという人は常識から考えるとちょっと不思議な人で、若い頃から仕事に飽きると田舎に引っ込んで隠遁生活を送ってみたり、シェフになってみたり、早い話が根っからの自由人で好きな時にしか働かない、というスタイルでずっと生きてきた人だ。だからというか必然的に寡作である。音楽的才能とカリスマ性を持ち合わせた人間が名声などにはまるで無関心で、巨大なマーケットに取り込まれることを拒み、金が必要な時だけひょっこり顔を出してちょっとだけ働く。それが音楽を愛するがゆえに彼が貫いた姿勢なのだと想像すれば、なんとも愛おしい男である。そんなものだから彼の作る音楽も最高で、この「肩の力が抜けたゆるい感じ」は他の追随を許さない。
残念ながらケヴィンは去年亡くなってしまったが、40年前のロンドンの空に放たれた花火を想いながら今日はこのアルバムを聴く。オリー・ハルソールのギターが風のようだ。
2013-07-20
サントラはお好き?(4)『セッソ・マット』音楽:アルマンド・トロヴァヨーリ
言わずもがな渋谷系界隈でだいぶ重宝されていたらしい、1973年のイタリア映画『セッソ・マット』のサントラは必聴。メインテーマの「sessomatto」はやはり名曲中の名曲!フリッパーズ・ギターの「Groove Tube」という楽曲でも使用されていました。
お姉さんの吐息のような色っぽいヴォーカルに笑い声と喘ぎ声がコラージュされていくという、なかなかぶっ飛んだ内容にもかかわらず上品でキャッチー。他の曲も渋谷系のイメージに代表される「小洒落た」という言葉に要約されてしまうにはどこか惜しいような、日本人の琴線に触れる郷愁を誘う情緒的なメロディが多く、サンプリングのネタに引っ張りだこの理由もなんとなく分かるような気がします。
音楽が評判になったことで、映画『セッソ・マット』は2005年に日本で初公開されました。「Sessomatto」とは「性」と「狂気」を合わせた造語らしく、日本では『色情狂』と、これがまたストレートに訳されていたのが素晴らしいです。ちなみにアメリカでのタイトルは『How Funny Can Sex Be?』で、全9話のオムニバス形式の馬鹿馬鹿しい能天気なお色気コメディです。
肝心な映画の内容はお洒落なサウンドのイメージをあっけなく裏切ってしまったようだけれど、よくよく考えるとサントラのジャケットはセクシーなナースの恰好。そして実は私、この映画は未見なのだった。映画を知らないのになんでサントラを買うんだ?と突っ込まれそうですが、これも90年代、渋谷系の大いなる遺産だと思っています。
音楽を担当したアルマンド・トロヴァヨーリは200本以上の映画を手掛けたイタリア映画界の至宝、もはや巨人とも言うべき存在。今年の2月に世界中の音楽ファンに惜しまれながら95歳で亡くなりました。『黄金の七人』『女性上位時代』『昨日・今日・明日』と、日本でもお馴染みのイタリアン・コメディを彩る楽曲を数多く残し、サントラも人気が高くマストアイテムです(廃盤になっているものが多いけれど)。
トロヴァヨーリはもともとジャズバンドでキャリアを積んだ人で、その後カンツォーネの歌手に楽曲を提供したこともあり、ジャズ畑で培った洗練された都会的なサウンドと、民謡や歌謡曲などの庶民的な音楽が彼のスコアには反映されています。特にキッチュなコメディ映画では後者の色合いが顕著。
トロヴァヨーリのユーモラスでキャッチーでお洒落なサウンドを生み出すセンスに触発された若者が、20年後の日本で一大ムーブメントを巻き起こしたことを考えると、本当に偉大な人だったのだなぁと感じます。今更ながら。
YouTubeを検索していたら、「Groove Tube」のPVを発見!初めて最後まで見ましたが、解散後の彼らしか知らない私はとっても感激。91年にこれ!やっぱりこの人たちすごい面白かったんですね。
ポリスター (1993-09-01)
売り上げランキング: 20,775
2013-07-06
Jane Birkin ジェーン・バーキン 「Lolita Go Home」
以前書いたカヒミ・カリィの記事(彼女のいじらしいハミングはいつだって魔法のようだから)でも触れていましたが、「Lolita Go Home」は私にとって少し特別な曲。初めて聴いたのは中学生。歌っていたのはジェーン・バーキンではなくカヒミ・カリィだった。CMで見た姿にひと目惚れし、近所にあった中古屋のカヒミ・カリィのコーナーから『Girly』というアルバムをジャケ買い。当時はジャケットの謂れも、2曲がカバーだということもまったく分からぬまま、同じ日本人とは思えぬ綺麗なお顔と、それまでの人生で一度も聴いたことことのない不思議な歌声にすーっと引き込まれてしまった。衝動的に手に入れたCDが日本語の歌ではなかったので少し戸惑ったけれど。洋楽のCDも一枚も持っていない頃。フランス語とスペイン語の区別もつかなくて読めないのだし、そもそもフランス語を耳にすること自体が初めての体験に近かった。 最初に気に入ったのが2曲目の「Lolita Go Home」だった。ファッション誌で目にする「ロリータ」という単語が入っているという他愛のない理由から。(私は「CUTIE」と「ZIPPER」を購読していた。懐かしい!)ナボコフの小説は読んだことがなく、元々の意味など把握しているわけもない。勿論キューブリックの映画を初めて観たときも相当勘違いしていたのだし。当時は完全にファッション用語だと思っていたから、訳詞を見ても娼婦だとか紳士がヨダレなんて出て来るし正直あまりピンとこなかったけれど、「ロリータ、ロリータ・ゴー・ホーム」と口ずさむのには時間はかからなかった。ちなみに『Girly』の歌詞カードにはロリタ、と記載されている。ロリータともロリィタともロリヰタとも書けば、また違ったニュアンスになる日本語の妙。
*
ジェーン・バーキンのアルバム『Lolita Go Home』がリリースされたのは1975年。ジェーンはすでにゲンスブールとの連名で数枚のアルバムを発表していたけれど、このアルバムはすべての楽曲をゲンスブールが手掛けているわけではない。作詞は映像作家のフィリップ・ラブロによるものが大半を占める。「Lolita Go Home」はゲンスブール作曲、アルバムのオープニングを飾る曲。歌詞にはゲンスブールをそのまま連想させる紳士が登場するけれど、作詞を担当したのはラブロのようだ。
ジェーンの声はなんと形容すれば良いのだろう?私はウィスパー・ヴォイスが大好き!年代を問わずウィスパー・ヴォイスにはガーリーなイメージとノスタルジーが交差する。可憐で儚げな少女を思わせる、弱々しくどこかぎこちない歌い方。もちろんウィスパー・ヴォイスと言っても、砂糖菓子のように甘い歌声もいれば、涼しげな声もあるし、時には毒を持ったアーティストもいる。
ジェーンの声は衝撃的だった。ウィスパー・ヴォイスと括ってしまうにはあまりにも個性的で大胆だとも。官能的な吐息。ジェーンの歌声はジェーン・バーキンの声としか説明がつかない。ジェーンの魅力のひとつに英国訛りのフランス語がある。歌手としてのジェーンを評価する時にも、英国訛りのフランス語が掻き立てる効果云々など書かれていることが多い。正直私は発音のことはよく分からないので(初めて聴いたウィスパー・ヴォイスの女性歌手がカヒミということもあって、フランス語の響きと囁き声に親密な関連性を見出してしまいたくなるのだけれど)、やはりジェーンの歌声の魅力を引き出したのはゲンスブールの歌唱指導によるところが大きいのだと思う。官能ともの憂げな少女が綯い交ぜになったロリータのイメージ。もちろん単純にオツムの弱い尻軽娘ではなかったから、ジェーンは歌手として開花していったのだけれど。
YouTubeより、素晴らしい動画!(どうやら貼付けコードが無効のようです。こちらよりYouTubeへアクセスするとご覧になれます)「Lolita Go Home」を歌うマーメイドのようなジェーン、29歳頃。TV番組のようです。一瞬ですが、ゲンスブールの姿も映ります。借りて来た猫のような歌い方が特徴的だったけれど、この時期は自我も芽生えた感じのファンキーな歌い方。私はファッションやメイク、スウィンギン・ロンドン時代のジェーンに惹かれている時期が長いけれど、年齢を重ねて成熟過程のロリータというオーラのジェーンも大好き!
下記の歌詞は『Girly』より
*
みんなお上品ぶって あたしを振り返るわ
とくに女たち... どうしてかしら?
私の靴やソックスやスカートを じろじろみるの
そしてみんなあたしを"娼婦よ" っていうのが耳に入るわ
ロリタ、ロリタはお家へ帰る......
みんなどこまでもあたしを追ってくるわ
フリッパーの玉みたい
鉄の機械の中で
バカみたいにぶつかりあっている
あたしはバックの中に 厚紙も紐も全部つめたの
みんなの皮肉に もう耐えられなかったの
ロリタ、ロリタはお家へ帰る......
雨戸は閉まっていたけど あたしは視線を感じていたの
だからあたしは背を曲げて 駅へ行ったわ
みんな、あたしのことを
恐ろしいやつだったっていうと思うわ
あたしは 女たちがギッシリ列をつめて
コーラスを 叫んでいるのをみたわ
ロリタ、ロリタはお家へ帰る......
食堂車で あたしは紅茶を頼んだ
別に何もしていなくて
足を開いて坐っただけ
それなのに あたしの前で
老いぼれの紳士が よだれを流しているわ
そしてあたしは 汽車の音を聞いたの......
ロリタ、ロリタはお家へ帰る......
2013-06-30
Roxy Music ロキシー・ミュージック
初期のロキシー・ミュージックが好き!もし私が何らかの音楽活動をしている人間だったなら、初期のロキシー・ミュージックは理想的な超憧れのバンドになっていただろうと思う。プログレともグラムともつかない、毛色の変わったへんてこなバンド。私が惹き付けられるのは、デビューアルバムから3rdまでの混沌としたサウンドと不気味なヴィジュアル。しかしそれらはすべて計算し尽くされたもの。アイディアとセンスさえあればやっていけるというスタンス、音楽的な知識や技術は二の次(これは2ndまで在籍していたイーノさんの影響があってのことのように思う)、ほとんどのメンバーが美術学校出身のアート野郎集団でもあった。
ぱっと見た限りではどうも老け顔で化粧も誰一人として似合っておらず、コミックバンドな出立ちにぎょっとするけれど(これもハゲなのにロン毛なのか?ロン毛なのにハゲなのか?美形で可愛らしいお顔をしていながら超ケバい化粧を施したイーノさんの強烈なヴィジュアルが一要因)、フェリーさんをはじめ長身で、よく見りゃみんなハンサムなのだ。
初めて聴いたのは「More Than This」だった。洋楽を聴き始めた10代の頃。当然のことながらリアルタイムではないし、しかもレンタルで借りた80年代洋楽のコンピレーションアルバムか何かに収録されていたものだった。他にはオリビア・ニュートンジョンが入っていたような気がするけれど、繰り返し聴いた記憶はほとんどなく、当時は大人っぽい曲で親しめなかったのだと思う。
にもかかわらず鮮明に覚えているのがロキシーというバンド名だった。イギリスの映画館の名前だと後々知るが、私の世代はロキシーといえば90年代後半に女子中高生のあいだで流行したアパレルブランドのROXYがあった。おそらく両者に関連性はないのでどうでもいい与太話だけれど、そのおかげでロキシー・ミュージックという名前だけはずっと覚えていた。
真剣に聴き始めたのはそれから数年後のこと。イーノさんの歌モノのソロを聴いて仰天し、さらには優しそうな可愛らしいお顔で大好きになり(超単純!だけど、密かにロック界一の美形だと思っている!冒頭からイーノさんイーノさんと気持ち悪いですが、普段からずっとイーノさんと呼んでいるのでそのままでいきます)、そのイーノさんがロキシー・ミュージックのメンバーだったことを知る。でも、ロキシーってあの「More Than This」の?とあまりのサウンドの違いに驚いたけれど、完全にミーハー心からイーノさんが参加した1st、2ndを買った。
洗練された「More Than This」を出したバンドとは思えぬ歪なサウンド。比較的ポップな曲はすんなり入っていけたのだけれど、特有のループ構成はどこか退屈で、ロキシーはずっと取っ付き難いバンドだった。そんな私がRoxy Musicを心底好きになったのは彼らの動いている姿を見てからだ。嗚呼、これほどYouTubeに感謝したことはない!このクールなのかダサイのかよくわからないエキセントリックなコスチュームと、奇妙なパフォーマンス、テキトーに見える演奏(もちろん個々の演奏能力はそれほど低いわけではないと思うのだけど、本気で全員ヘタクソだったのか?)、捉えどころのないアヴァンギャルドなサウンド、作り込まれたダサさ、ちょっとスカした感じ。
「Re-Make/Re-Model」(1972年)のソロパートの部分が好き!メンバー全員が強烈な個性!初期のロキシーは個々の自由度が高いバンドだったのだ。上の動画のパフォーマンスではおそらくサックスから唾が逆流しているであろうコスチュームがどう見てもゴーヤなマッケイさん(超クール!)、髭もじゃで最年少とは思えぬ風貌のマンザネラさんのノイジーなギター、なぜか弾まない異様に硬いトンプソンさんのドラム、ピーッビャーッビュルルルルービーッ!なんだかよくわからない発信音みたいなシンセサイザー担当の孔雀羽根の男イーノさん、当時を知らない私にしてみればダンディズム云々と言われても怪しい笑顔のおっさんでしかないフェリーさん。この時点ではまだロキシーは完全にフェリーさんのバンドという感じではないし、イーノさんのバンドでもない。見方によってはマッケイさんのバンドなのかもしれない。
それにしてもロキシーって本当にハンサムなメンバーばかり。フェリーさんはもちろんだけれど、サポートメンバーだったベースのケントンさんの女性的なルックスと控え目な佇まいも好き。というかケントンさんが一番お洒落じゃない?
しかしイーノさん経由でたどりついたのに、ロキシーとなると途端にマッケイさんを贔屓にしてしまう私はただただミーハーな人間なのでした...。
EMIミュージック・ジャパン (2007-09-26)
2012-04-06
ヴィム・ヴェンダース『都会のアリス』(1973年・西ドイツ)
ヴィム・ヴェンダースといえば『ベルリン・天使の詩』(1987年)もしくは『パリ、テキサス』(1984年)が真っ先に思い浮かぶだろう。前者は映像美の極み、後者はロード・ムービーを代表する不動の名作だ。ヴェンダースの映画を観ているとなぜかいつも20分と経たないうちに寝てしまう。ヴェンダースの淡々とした作風は好きだし、決して退屈というわけではないのだが、どの作品でもだいたい同じようなぐあいに眠たくなるというからには、ヴェンダースの映画には眠気を引き起こす装置のようなものがあるのかと考えてしまう。なにも監督自らが意図的に観客の眠気を誘う映画を作るはずもないので、あくまでもなぜ私が眠たくなるのかということですが。
ヴェンダースは映像作家として知られ、映像が美しいことで有名ですが、その細部まで作り込まれた映像こそ、眠気を誘う理由のひとつなのかもしれません。画面は淡々としていて余計な説明がなく表情と風景がすべてを物語る。決して台詞に語らせることなく、映像に語らせる。特に初期の作品なんかは劇的なプロットがあるわけではないし、登場人物のキャラクターもどこかぼやけた感じで、冒頭からの数十分などはとても単調で、私がいつも映画がはじまってすぐ寝てしまうというのもそのような理由からだろう。しかしヴェンダースの映画は面白いし、なんといっても映像が素晴らしい。毎回寝てしまうのはどうにかならないのかと思っているのですが、それもまたヴェンダース映画の深い味わいなのでしょう。
『都会のアリス』(1973年・西ドイツ)はヴェンダースの初期の作品で、このあと『まわり道』(1974年)『さすらい』(1975年)と続く、いわゆるロード・ムービー三部作の第一作目にあたる。三部作では『さすらい』もすごく良い映画だが、今日はひとまず『都会のアリス』についてつらつらと思うことを。
私はどうもくたびれたどうしようもない中年男性の自分探しの物語、再生するような物語に弱いようです。『都会のアリス』の主人公は中年というにはまだ若く、青年の美しさも残しているけれど、そのくたびれ加減は上等だ。ポラロイドで写真を撮りながらアメリカを放浪するドイツ人作家のフィリップは、持ち金も底をついたところでドイツへ戻ることにした。彼はアメリカについて何か書かなくてはならないが、ただひたすらポラロイドで風景の写真を撮っただけで、書くことのほうは行き詰まっている。アメリカを旅するうち、彼はだいぶ消耗してしまったように見える。帰国を決めるも、ドイツでは空港がストライキで閉鎖され足止めをくらってしまう。しかたなくアムステルダム経由で帰国することにするが、空港で出会った女性に娘のアリスをアムステルダムまで一緒に連れて行ってくれと頼まれる。
アリスの母親が突然姿を消したことでフィリップは夢とも現実つかないような、宙ぶらりんな精神状態のままアリスを連れてあてどもなく彷徨う。ニューヨークからアムステルダム、さらにはドイツの田舎へと二人は旅をするはめになるのだが、二人のあいだに会話らしい会話は見られない。移動することで物語は活気を帯び、フィリップとアリスの関係も変化していくが、それを語るのはやはり表情と風景を捉えたモノクロの画面なのだ。互いをあまり語らず、二人の言葉にならない交流こそがこの映画の一番の魅力なのだから、それをここで文章にするのも難しいのだけれど、人生にくたびれ果てていたフィリップがアリスとの交流によって癒されていくというのが物語の焦点になっているのかもしれない。
そしてなにより可愛らしいアリスは物怖じせずに好き嫌いをはっきりと言い、行儀も良く、母親がいなくなっても弱音を吐かずに気丈にふるまう。アムステルダムではオランダ語がわからないフィリップをリードする場面も。一方、フィリップはわけのわからない独り言を延々とつぶやき、アリスを寝かしつけるときもまともなお話すらできない、優しいのだけれどどこか頼りない、子どものような大人といった印象(決してダメ男ではない!)。だからこそなのか、二人が一緒にいるどのシーンもぐっとくるものがあります。ヴェンダースの映画ではこれが一番好きかもしれません。
都会のアリス
製作年:1973年 製作国:西ドイツ 時間:111分
原題:Alice Den Standten
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:リュディガー・フォグラー、イエラ・ロッドレンダー、リサ・クロイツァー、エッダ・ヒッケル
2012-03-05
ゴミ散らかったパリの魔法、ジャック・リヴェット傑作選『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(1974年・フランス)
いきなり脱線するが、ものすごい映画に出会ってしまった時の感激というのは言葉にするのは難しい。もちろんここでいう、ものすごい映画とはほとんど個人的な感性や主観に左右される題材を扱った作品のことだけれど、ようするに好みの問題ということなのだが、わたしのなかでジャック・リヴェットという監督の作品はどれも(といいながら全作品を観たわけではないのだけれど)、昨日書いたジャック・タチの『ぼくの伯父さん』に匹敵するほど摩訶不思議で幸福な映画体験をもたらしてくれる。
ジャック・リヴェット傑作選という3枚組のDVDがあって、現在は廃盤になっていて通常価格の2倍ほどの値段がついているのだが、私はこの三つの作品を近所のTSUTAYAで、もはや購入したほうが賢明かもしれないと思いながらもしつこく幾度となく借りていたのだが、あるとき気付いたらいつのまにか棚から消えてしまっていて、それ以来観ることができないでいる。ある日なにかの拍子に無性に観たくなる映画というのが必ずあって、そういう映画というのは、面白いのだけれどはっきり言ってわけがわからないものが多い。どこが面白いのかと聞かれると答えに困るのだが、本人もよくわからないのだけれど面白いのである。映画というものは、もちろん小説だって音楽だってそうだが、二度と同じものは観られない。観るたびに以前には気付かなかった発見がなにかしらあるからだ。その時の体調や気分によってもまるで違うものに感じられることがある。いつ観ても面白い映画というのはそういうもので、面白い映画は何度観ても面白いのである。ジャック・リヴェットの映画とはまさにそのような類いの映画である。
ジャック・リヴェットの作品は時代こそ異なるがその舞台はほとんどパリである。しかしリヴェットの撮るパリというのは日本人がフランス・パリに抱いているような「洗練された」「お洒落な」というイメージとはまるでかけ離れている。この『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(1974年)や、同じくジャック・リヴェット傑作選に収録されているビュル・オジエ親子が共演した『北の橋』(1981年)、舞台俳優志望の若者たちを主人公にした『彼女たちの舞台』(1988年)もパリが舞台になっているが、通りを彩るカフェとかまばゆい光に取り囲まれた建築物といった観光パンフレットに見るような美しい風景は登場しない。おまけにパリの空はいつもどんよりと曇って灰色だ。しかしリヴェット映画のパリはごみ散らかっていようが建設現場だろうがとても魅力的なのだ。もちろんそこに付属する登場人物たちの魅力というのがパリの街を魅惑的に見せる要因のひとつなのかもしれないが、リヴェットの作品に出てくる街こそが本来のパリの姿なのだろうという感じがする。そして、長回しのスタイルで捉えた風景をバックに繰り広げられる即興演出の面白さがわたしをいつも夢中にさせる。上の動画は『北の橋』のもっとも象徴的なシーン。
「たいていの場合 物語はこんな風に始まった」という字幕からはじまる『セリーヌとジュリーは舟でゆく』の冒頭は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』のパロディになっている。公園のベンチで魔法の本を読んでいる図書館員のジュリーの前を、派手な緑色のボアを首に巻き、肩から荷物の入った大きな袋を下げた女(セリーヌ)が慌てたように駆けて行く。セリーヌは大きな袋からサングラスを落とし、続けてスカーフを落とし、ひとやすみしたベンチに人形を置いて逃げ去って行く。ジュリーはセリーヌの落とし物を拾いながら追跡を始めるが、セリーヌは追いかけるジュリーの存在に気付いていながらも大胆な行動をとる。ジュリーもまたセリーヌに気付かれていると分かりながらもこっそりと隠れたふりをしてみせる。まるで追跡ごっこを楽しむような彼女たちの表情を見ていると、てっきり赤の他人とばかり思っていた二人の関係性が非常に気になりだしてくる。しかし二人は「他人か?友人か?」という目で物語を追いかけてみても、どうやらそうでもないらしい。追跡ごっこのはてにセリーヌはある建物に入り、宿泊カードを書くよう求められる。彼女はそこで職業の欄に「魔術師」と書く。われわれはそこで魔法の本を片手に呪文を唱えていた冒頭のジュリーを思い出し、奇妙な追跡ごっこはセリーヌの職業が魔術師であることに関係があるのだろうと予想する。しかしシーンが変わってもこうした私たちの疑問は一切説明されないまま物語は進んでしまう。ちなみにこの台詞のない導入部だけで30分近い時間を消費しており、はっきり言って退屈である。しかしこの何も起こらない退屈な感じをやりすごせる人間だけがリヴェットの魔法にかかることができるのである。
この作品はストーリーがあってないようなもので、結末もあってないようなものである。物語として成り立たない映画というのはとにかく前衛的でこれまでにない面白いこと、かっこいいことをやってやろうという気迫が伝わってくるような、人間味に欠けた嫌らしい印象のものが多い。けれどこの映画は私たちの生きるごく普通の生活の延長上にあらわれた物語である。あるときは立ち止まり、道を踏み外したり、堂々巡りな日常からふらりと脇道に入って行くと、この映画のような夢物語にばったりと出くわしてしまいそうな、そんな予感を抱かせる物語なのだ。空想か現実かわからない世界を主人公が行ったり来たりするという話はさほど珍しいものではないけれど、この映画は空想と現実を区別して考えるような謎解きを最初から必要としていない。
記憶鑑賞会のできるキャンディや、四大(水、空気、地、火)で作った魔法の薬、魔除けの恐竜の眼といった子どもじみた装置が空想と現実をつなぐ役割として登場するが、それらもまた現実の中に取り込まれた夢物語の一部でしかない。こうした夢物語の装置がさらに夢物語な出来事を呼び起こすこの物語は、基本的に「空想/空想」の二重構造から成り立っている。もちろん現実がなければ空想世界も存在しないわけだが、この映画を観ていると現実が空想を作り出すのではなく、「空想/空想」の二重構造、もしくは空想の連鎖によって現実が見えてきたり、われわれの意識が元の場所に戻ってくるというような不思議な感覚になってくる。
こういう物語を何をすることもなくだらだらと眺めていられたら最高に幸せだろう。よくわからないが、そのよくわからない「謎」で三時間以上の映画を作ってしまうのだから、やはりこの作品には面白い以上のなにかがあるのだと思う。私はそれが何であるのかを探し当てようとして、いつもこの映画を観ているのだ。上映時間が三時間を越える作品でありながらその長さを感じさせず、映画が終わってほしくない、いつまでもこの世界に留まっていたいと思わせるような不思議な魅力を持っている。それがジャック・リヴェットの、ごみ散らかったパリの魔法なのかもしれない。
セリーヌとジュリーは舟でゆく
製作年:1974年 製作国:フランス 時間:192分
原題:CELINE ET JULIE VONT EN BATEAU
監督:ジャック・リヴェット
出演:ジュリエット・ベルト、ドミニク・ラヴリエ、マリー=フランス・ピジェ、バルベ・シュローベル、ビュル・オジエ
2012-02-15
King Crimson『Islands』(1971年)
私が初めてクリムゾンを聴いたのは二十歳前後のときで、絲山秋子の小説『イッツ・オンリー・トーク』を読んだことがきっかけになったのだと思う。私は女性の書いたものは苦手で滅多に読まないのだが、絲山秋子のこの小説は本当に面白くて、読んだ次の日にはエイドリアン・ブリューという名前を検索してキング・クリムゾンというバンドについていくばくかの知識を得たのだった。もちろん、プログレって何?状態である。
小説のタイトルにもなっている「イッツ・オンリー・トーク」という曲が収録されたアルバムは『ディシプリン』であるのになぜか初めて買ったCDはあらかたの人と同じように『クリムゾン・キングの宮殿』である。ジャケットの顔がおそろしくて眺めていられず、寝るときはベッドのそばにすら置きたくないという恐怖を味わうことになってしまったのだが、聴いた時の衝撃というのがまさにあのジャケットと同じ顔をしていることに気付かされる。しかし不安だとか恐怖といったおぞましい内部の感情が剥き出しにされるような戦慄をおぼえながらも、私はクリムゾンの虜になってしまい次から次へとアルバムを聴いてしまったのである。1971年に発表された『アイランズ』はクリムゾンの4作目にあたるアルバムであるが、どうしてか一番最後に聴いたアルバムであった。そして私がもっとも好きなアルバムである。
好きと言った端から申し訳ないのだが、私はキング・クリムゾンというバンドの正体をほとんど知らない。唯一、顔と名前が一致するのがロバート・フリップという人で、ボウイのアルバムにも参加しているということを後に知ることになるのだが(私はボウイより先にクリムゾンを聴いていた)、メンバーチェンジを繰り返して、どの時期に誰が加入してバンドの形態がどのようなものであったのかというような背景はまったくわからない。国内盤の解説を読んでもさっぱりなのだからどうしようもない。けれど彼らの発表したどのアルバムを聴いても、そこにはキング・クリムゾンがキング・クリムゾンであることの軌跡がしっかりと音に刻印されており、おそらくこれはロバート・フリップという人の特質があらわれたまでにすぎないのだと思うのだが、小難しいプログレッシブ・ロックというジャンルにおいてピンク・フロイドとはまるで異なるバンドであることがど素人の私にもわかる。なぜだか私はクリムゾンのほうが圧倒的に好きなのだが、おそらく『宮殿』で聴いたサックスの音色が瞬時に私のなかでキング・クリムゾンというバンドの地位を決定付けたように思う。私はサックスの音色が大好きで、これは元吹奏楽部なのだから仕方が無いのだった。
前置きが長くなってしまったが、この『アイランズ』というアルバムはクリムゾン史上もっとも静謐で壮大な物語をうたった作品である。私はやはり文学をモチーフにした楽曲に惹かれる。この作品は、ホメロスの『オデュッセイア』とその『オデュッセイア』を下敷きにしたジョイスの『ユリシーズ』の世界がうたわれている。おそらく『オデュッセイア』を読んだ人間であれば、1曲目の「Formentera Lady」と2曲目の「Sailor's Tale」がホメロスの『オデュッセイア』の物語をいかに忠実に描きだしているかわかるだろう。もちろんなにも彼らは叙事詩を忠実に表現したわけではないのかもしれないが、弓弾きベースの音色にはじまる10分を越えるこの曲は、トロイア戦争に勝利したオデュッセウスが故郷のイタケを目指して船出する場面から、穏やかな波に揺られながらの航海を経て、セイレンという人魚の魅惑の歌声を切り抜けたシーンを見事にあらわしている。そして「Sailor's Tale」の一転した激しいビートにはオデュッセウスが荒波に揉まれる姿がおのずと浮かぶのである。
3曲目の「Letters」と4曲目の「Ladies Of The Road」はジョイスの『ユリシーズ』が舞台になっている。『ユリシーズ』は1904年6月16日(ジョイスが駆け落ちした?日とも言われている)のダブリンにおける一日を様々な文体を駆使して書かれた長編小説で、日本語訳を最後まで読むとなるとこれがとてつもない労力と時間を要する小説なのだが、作家を志すスティーブンという若者と、広告取りの仕事をしているブルームという中年男性が主人公である。朝の8時から午前2時まで、二人がダブリンの町を行ったり来たりして、そこで起こった出来事が描かれている。「Letters」で扱われる内容は、ブルームが妻に内緒で文通している女性から届いた手紙をモチーフにしていると思われる。朝届いた手紙のなかで、奥さんはどんな香水をつけているのかとたずねられ、ブルームは一日中その手紙について考えている。「Ladies Of The Road」はスティーブンが仲間とともにおとずれた娼館での幻覚のシーンが下敷きになっているのかもしれない。歌詞をみると、登場する女性たちがグルーピーに置き換えてあるようだ。
わたしがこのアルバムのなかでもっとも好きなのが「Prelude:Song Of The Gulls」(プレリュード:かもめの歌)である。これまでの物語をすべて洗い流すかのような美しい旋律はまさに癒しともいえる曲で、初めてクリムゾンを聴いたときの印象とはまるでかけ離れたものであるのだが、こういった繊細な側面を持ち合わせているからこそキング・クリムゾンというバンドは一点の曇もない完璧な空気を作り上げ、攻撃的な音を放ちながらも脆くあやうい存在なのであり、私はクリムゾンが、このアルバムが大好きなのであろう。
2012-01-08
デヴィッド・ボウイ
正直なところ、私はボウイについてそれほど多くのことを知っているわけではない。いくら大好きだとはいえたったの十年弱にすぎないのであるから、語るといってもせいぜいお気に入りのアルバムについて一言か二言書ける程度だろう。2004年の、美しさ衰えぬ50代のボウイを拝見することもかなわなかった。
と、言い訳じみた話ばかりしていても仕方がないので、こんなちっぽけな場所でああだこうだと嘆いている今も、ボウイが音楽界にもたらした革新的な偉業は消えることはなく、いつのボウイも美しいという事実に勝るものはないのだから、個人的な想いをいくつか綴ることにしたいと思う。
好きな映画、好きな音楽、好きな芸術家、その他諸々の好きなもの。私の場合、それらすべてが文学から始まっていると言える。そしてボウイを知るきっかけとなったのも文学からであった。それは20歳ぐらいの頃に阿部和重という映画学校出身の面白い純文学作家を知ってからであるが、寡作で知られる彼の小説なかに『プラスティック・ソウル』という名のついたものがあったからである。これについては阿部和重本人が、白人がやるソウル・ミュージックだと揶揄されていたボウイからとったのだとインタビューで答えており、そのことが私の興味をボウイに向かわせたのであった。(阿部和重についても後々書くことになるだろう)
また初心者のようなことを書いて申し訳ないのだが、ボウイといえばアルバムごとにサウンドとそれに付随するような形で容姿を変化させ続けきたことがまず一番に言われる。そしてボウイのファンは一番好きなアルバムを選ぶという過酷な選択を強いられるのであるが、一番好きなアルバムは...などと言っているようでは、まだまだボウイの音楽を十分に聴き込めていないのだとも痛感している。どのアルバムを一番に挙げるかによってその人の性格まで透けて見えるようだと言う人もいるけれど、どのアルバムもその時代その当時のボウイの精一杯の意識を体現した作品なので私はあまりそのように考えることはない。けれど、やはり一番好きなボウイのアルバムについて、ブログなどに書かれている文章を読むのは相手がどこの誰か知らなくとも楽しい。
そして今の私は絶対に『LOW』である。このアルバムは私が勝手に別名「穴」と名付けているアルバムでもある。なぜなら、一曲目の『Speed of Life』を聴くといつも不思議の国のアリスのごとく、穴に落ちていくような感覚をおぼえるからである。一曲ごとに場面が変わる。ホテルの一室、遊園地、サーカス小屋、宇宙、暗く凍てついたワルシャワの街路、このイメージはそのときどきによって変化するが、ボウイのアルバムのなかでは多彩なサウンドのみならずもっとも視覚野を刺激する作品なのである。そして最後には眠りに落ちるようなアルバムである。実際に私はこのアルバムをかけて眠ることが多い。
ところで私の記憶では、80年代に日曜のお昼に生放送されていたたけしのスーパージョッキーのオープニングに『Speed of Life』が使用されていたような気がしていたのだけれど、検索をかけてもそのような内容はヒットしないので、一体どこではじめてこの曲を聴いたのかいっこうに謎が解けないでいる。
さて、最後になるが、上の写真はおそらくマニッシュ・ボーイズという名前のモッズバンドに在籍して活動していた、まだ10代の頃のボウイである。特別めずらしい写真ではないが、私はベッドの脇のコルクボードにこの画像を引き伸して印刷したものを貼っている。その隣には『二十歳の恋』に出演したときのジャン=ピエール・レオーの写真がある。私のすきなものである。
ボウイは私のアイドルに違いないが、とても不思議な存在だ。彼の顔、佇まいはそれがどんなに退廃的な時期であってもひじょうに美しいが、同時にグロテスクであり、胡散臭さすらおぼえる時があるからである。美と醜が共存しているような人なのである。
私は以前、ギリシャ神話を読みながら、登場する神々に性格や特徴の似たロック・スターを当てはめて読み耽っていたことがあったが、ボウイはどちらかというと神の側ではなく人間の側に近い人物なのだった。多くの誘惑に負けては過ちを認めて立ち上がり、さらに負けては再起するを繰り返すような、ひじょうに人間臭い人物のように私にはうつるのである。そしてやがて神としてむかえられるような、そのような人間だと思うのだ。
今日はボウイ65歳の誕生日である。
















