2012-01-19

60sスウィングするロンドンを切り取った、アントニオーニの『Blow Up』(欲望)


イタリア映画史上もっとも前衛的な作風で世界のアートシーンを魅了した鬼才、ミケランジェロ・アントニオーニが手掛けた1966年のイギリス映画『Blow Up』(引き伸ばしという意味だが、なぜか邦題が『欲望』)は、一度観ただけでは素人には理解し難い抽象的な内容にもかかわらず、60年代なるものに憧れを抱いている私はこれを何度も何度も繰り返し観ては、スウィンギング・ロンドンの風が吹き荒れる真っただ中にワープしてチェルシーを闊歩したつもりになって、当時のポップ・カルチャーに想いを馳せている。思えば、大好きなジェーン・バーキンに出会ったのはこの映画であった。

この映画はあくまでもアントニオーニの目線で描かれた60年代半ばのロンドンであって、当時の若者のムーブメントに彩られてはいるけれども、ビートルズもいなければツィギーもいない。ただ、観る者に多くの謎を投げかける映画である。主人公に関するデータすら売れっ子カメラマンであること以外最後までほとんど不明(DVD等のパッケージの説明書きには一応、主人公のトーマスという名前で紹介されているのだけれど、劇中で彼の名前は一度も明かされない)というように、観た人間の数だけそれぞれの解釈が可能な大胆で面白い映画とも言えます。

主人公の行動原理や登場人物たちの関係性が全く見えてこないので、おそろしく退屈な映画だと嫌う人もいますが、私自身もはじめて観た時はつまらない、退屈な感情しか湧き起こらず、逆にそんな自分の馬鹿さ加減にもうんざりしたので、そのように感じる人の気持ちもよくわかるのです。今では自分なりにこの偉大な謎多き作品を咀嚼して大好きと呼べるまでになったけれど、これを一番好きな映画だと言うようではただの芸術かぶれのようで気が引けますし、さらに人に勧めるのも抵抗がありますが、強烈なインパクトで映画史に残る印象的なシーンがいくつか登場するので、今日はそのことについて少し書いていきます。


この映画のもっとも有名なシーンは、当時世界最高峰とも言われたスーパーモデル、ヴェルーシュカをデヴィッド・ヘミングスが激写し、しまいにはぞんざいに扱うというエキサイティングな撮影風景である。二人のセックスを彷彿させるような展開になっており、カメラを離した途端、一気に興ざめするヘミングスとは対照的に余韻にひたるヴェルーシュカ。この温度差ったらない。

ヴェルーシュカはドイツとポーランド、ロシアの混血で、父親は100以上の部屋を持つ屋敷に暮らすドイツの伯爵でもありました。しかし父親はヒトラー暗殺未遂で処刑され、母親もナチスによって投獄されるという悲惨な幼少時代を送っている。20歳前後の頃、アメリカに渡りモデルを始めます。ヴェルーシュカの飾らないライフスタイルはヒッピーたちに支持されました。彼女のモットーでもある自然回帰ともとれるようなボディペイントを施し風景に同化させるようなアート作品『ヴェルーシュカ:変容』を発表しています。


そして公開当時、カンヌで物議を醸したというジェーン・バーキンのヘアヌードが拝めるのである。まだゲンスブールに出会う前の19歳のバーキンは、先にフランスで活動した経歴を持つジリアン・ヒルズとともにモデル志望の女の子役で出演。ミニのワンピにカラータイツという出立ち。これがまた最高に可愛くて、わたしはこれで彼女に一目惚れしてしまったのでした。

問題のシーンは3分間にわたって繰り広げられる脱がせ合いごっこです。このあたりはもうめちゃくちゃで、演技なのか素なのかほとんどわからない、裸になりながらキャーとかギャハハというはしゃぎ声がメイン。バーキンだけ死にものぐるいの本気モードで相手に襲いかかっているあたりに女優魂を感じます。このあたりからもう大物ぶりを発揮していたのでしょう。


最後は映画史に残る重要なシーンというよりは、ロックファンにとって貴重な映像となるヤードバーズのライヴシーンです。末期を迎えつつあったバンドの最後の勇姿と言ってさしつかえのない映像となっておりまして、ジェフ・ベックとジミー・ペイジによるツインギターを見ることができます。ギターを破壊するパフォーマンスは当時そのようなパフォーマンスで話題になっていたザ・フーにならってのもので、監督からぜひギターを破壊してくれとの要求があってのことでした。




ライヴシーンの出演も当初はザ・フーに依頼していたというのはよく聞かれる話でありますが、昨年SMJから出たサントラの解説によると、監督はザ・フーの前に秘かにヴェルヴェット・アンダーグラウンドに出演依頼をしていたということです(!)ウォーホールからビザと労働許可の問題で引き受けられないと断られたそうですが、もしこのライヴシーンがヴェルヴェッツのでものであったなら、この映画はまったく別物になっていただろうと思います。イギリスを舞台にNYのアヴァンギャルドなバンドであるヴェルヴェッツの出演など素人にはほとんど思いつかないのですが、しかもまだデビューしていない彼らのことをアントニオーニがどこまで知っていたのか疑問ではありますが、そのような先見の明を持っているあたりはさすがとしか言い様がありません。

それにしても棒立ちの観客が愚かな群衆心理にしたがって破壊されたギターにたかるというのは、この映画のなかではもっとも解釈を与えやすいシーンではないかと思います。壊れたネックは熱狂的なファンの集うライブハウスの中では絶対的な価値を放つけれど、一歩ライブハウスの外に出てみれば壊れたギターはただのガラクタでしかない。



この映画は真実とは何か?という実に平凡な問いかけをテーマに掲げているように思います。それは美女と暮らす画家が抽象画を描いていることに対して主人公が奇妙な目で見ていることや、白塗りの若者たちがボールもラケットも見えないパントマイムの仮想テニスを披露するシーンに象徴されているようにも見えるのです。


私はアントニオーニの作風というのは現代人の病(やまい)を反映させた結果のように感じているのです。アントニオーニの映画は大概にして人があまり出てこないのだけれど、人がいて然るべき場所に人がいないというような、作り込まれた感じが観客に与える虚無感こそ、まさにアントニオーニが描こうとしたもののひとつであっただろうと思います。

この『欲望』はそのような彼の作風とはまた異なるもので商業的につくられた映画であるから、ただ単純に楽しむべき映画で、そういう映画とは愛される映画なのだとも思っております。





欲望
製作年:1966年 製作国:イギリス・イタリア 時間:111分
原題:BLOW UP
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
出演:デヴィッド・ヘミングス、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、サラ・マイルズ、ジェーン・バーキン




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2 件のコメント :

  1. 僕も好きです!!

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    1. わお!好きそうな雰囲気ですネ!サントラもすごくいいですよ〜

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