ハンガリーのブダペストからいとこのウィリーをたずねてニューヨークの街を歩くエヴァ。大きなカバンと一緒にテープレコーダーをぶらさげていて、おもむろにスイッチを入れるとカセットテープから妖しいサックスの音色とともに「I put A Spell On You(おまえに魔法をかける)」とドスの利いた声で絶叫するスクリーミン・ジェイ・ホーキンスが流れます。なぜジェイ・ホーキンスか?と言いますと、映画ではエヴァが最終的にクリーブランドに住むおばさんをたずねるという設定なのと、ジェイ・ホーキンスの故郷がクリーブランドであるという関連性がちらりと垣間見えたりします。しかしそんなことはどうでも良く、これがとてもかっこいいのです。普段から「かっこいい」という表現は極力使わないようにしているのですが、かっこいいという感覚を否応無しに受け入れざるをえないような、しかし気取ったところがなく適度な脱力感をもった最高のシーンです。
私はこのワンシーンですっかりジャームッシュの虜なってしまったのでした。スクリーミン・ジェイ・ホーキンスをまるで理想の男性と崇めるかのようなエヴァ。いつも寝起きのようなぼさぼさの髪をして煙草をくゆらすエヴァ。ウィリーにもエディーにもおかまいなしのエヴァ。ウィリーのいないキッチンでスクリーミン・ジェイ・ホーキンスにあわせて気怠く踊るシーンもなんてことはないのだけれど、エヴァの冷めたような無気力な演技が妙にかっこよくて、大好きで何度も繰り返し観てしまいます。
スクリーミン・ジェイ・ホーキンスはその後、ジャームッシュの『ミステリー・トレイン』(1989年・アメリカ=日本)にも出演しています。永瀬正敏と工藤夕貴が泊まるメンフィスのホテルのフロントの役です。
「I Put A Spell On You」は「おまえに魔法をかける」どころか、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの歌は「呪いをかける」といったほうがしっくりくるのだけれど、実際には別れた恋人を想って書いた曲でした。恨み辛みが積み重なってこのような怪しい雰囲気をまとった曲になったのかどうかはよくわかりませんが、ラブソングと言われると不気味な笑い声すら、哀れな男の切ない慟哭のようにも思えてしまうのがまた不思議であります。
とはいったものの、こういったショーをみるとやはり化け物というかユーモアにあふれていて病み付きになること必至ではありまして、棺桶で登場したりドクロで飾り立て、煙草をプカリとするのがお決まりのようで、花火やマグネシウムを使って奇抜な演出をしていたようです。しかしこの炎を見ると私はいつも電撃ネットワークを思い出してしまうのですが。
「I Put A Spell On You」はジョン・レノンの青春時代を描いた『ノーウェアボーイ』(2009年・イギリス)でも使用されています。ロックンロールに目覚めたジョンがレコード店から盗んできたジャズのレコードの価値がわからず海に投げ捨てていたとき、(おそらくアメリカの?)船員に引き留められ、彼と交換したレコードがスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの「I Put A Spell On You」だったというような内容でした。このシーンのすべてが実際に起こった出来事であったのかはわかりませんが、ビートルズの生みの親はスクリーミン・ジェイ・ホーキンスだったという無理矢理な説が成り立つことも可能ではないかと考えるとまた面白く、さらにこの曲が映画とともに好きになるのでした。
『ノーウェアボーイ』はジョンの伝記として観るのも興味深いのですが、ビートルズという偉大な看板に身構えることなく青春映画としても非常に面白く観ることができます。ナイーヴだけれど血の気盛んなティーン・エイジャーの自我を描いた作品として、いっそうの輝きを放つ映画です。というわけで、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの怪奇な不気味さはどこへやら、爽やかな終わり方になってしまいました。
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