ポーランドの巨匠クシシュトフ・キェシロフスキは心から大好きな監督。『ふたりのベロニカ』(1991年・フランス=ポーランド)は、感じやすく直感力に優れた女性の姿を描いた黄金色に輝く美しい映画。キェシロフスキ本人は「純粋感情に訴える映画」だと言っている。何といってもベロニカを演じたイレーヌ・ジャコブの瑞々しいピュアな存在感が忘れがたく、上品で知的な雰囲気の漂う容姿、神秘的な静けさを纏った佇まい。そして、本当に清楚!あまりお目にかかれないタイプの女優だとも思う。
同じ名前を持ち同じ顔をした、ポーランドとフランス、別々の国に暮らす2人の女性ベロニカ(フランスの女性はベロニク)。互いの存在は知らないが、ともに音楽の才能に溢れ、ポーランドのベロニカは合唱団で歌い、フランスのベロニクは音楽教師。『ふたりのベロニカ』は感情の映画であるとともに、音楽の映画でもある。それもそのはず、この作品のタイトルは最初の段階で『女性合唱団員』(少女聖歌隊員)と名付けられていたそうだ。
ジャコブの清楚な容姿も相まって、どこまでも夢幻的で心が洗われるような天上の歌声。この映画の歌唱シーンにはダンテの詩が使われていて、古いイタリア語で歌われている。歌詞の内容は物語のテーマとは関係がなく、もはや誰もほとんど理解できないような古いイタリア語だが、響きだけでじゅうぶん美しいだろうとキェシロフスキも絶賛した様子。
音楽を担当したのはポーランド出身のズビグニエフ・プレイスネル。音楽は独学し、ユニークな作曲法で知られているらしい。声を楽器のように扱うスタイルが特徴的で、まさにベロニカの歌声は楽器のようにさまざまな音色を奏でるよう。物語の転換期における重要なシーンで使用されるスコアは、壮大なオーケストラとコーラスに彩られ、断片的に観ても素晴らしい映像に仕上がっています。プレイスネルとキェシロフスキの付き合いは長く、80年代からスコアを提供しており、この作品で世界的に認められることになった。偉大な名作『デカローグ』『トリコロール』も彼の作曲による。
この映画には、H・ファン・デン・ブッデンメイヤーという謎の作曲家が登場する。実在しない架空の作曲家だ。ポーランドのベロニカが初舞台で披露した歌曲、フランスのベロニクが子供たちに教えている楽曲が、劇中ではブッデンメイヤーなる作曲家によるものとされている。本来ならば、ブッデンメイヤー=プレイスネルということになるのだが、200年前のオランダ人という設定で、キェシロフスキとプレイスネルが創作した人物なのだ。ブッデンメイヤーは前作『デカローグ』シリーズの第9話にも登場していて、そのような関連性は円環を描くようにキェシロフスキの世界をひと続きにし、彼の映画を荘厳なものに引き上げるひとつの要素にもなっている。
本当に大好きな作品なので、音楽以外の内容についても追々綴りたいと思います。
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