2013-06-05

チャップリンの『街の灯』(1931年・アメリカ)


初めて観たチャップリンの映画は『街の灯』だった。その時の感動は未だに忘れられないし、何度見返しても最後にはいつも胸がいっぱいになって涙が溢れ出る。もしかしたら生涯の一本とも言えるかもしれない。生涯を共にしたい映画は他にもいくつかあるけれど、それでもやはりこの映画のラストシーンを越える作品には未だ出会っていないように思う。

まだそれほど映画の世界に陶酔していなかった頃、モノクロという響きだけで時代を感じていたもので、ましてやサイレント映画なんて太古の出来事のように捉えていたものだった。しかしどういうわけか、チャップリンの作品をまともに観たことなど一度もないにもかかわらず、無意識のうちに「サイレント映画=チャップリン」という恒等式が当然のように擦り込まれてしまっているのだから、その作品に触れる前からチャップリンの偉大さを教えられているようなものだった。

そういうものだから、チャップリンの映画を初めて観たとき、手品のように繰り出される数々のギャグよりも、山高帽にステッキ、ばかでかい靴とちょび髭というお馴染みの恰好で画面を動き回るチャップリンの姿そのものにまず感激した。そしてチャップリンの映画は基本的にはコメディーであってチャップリンもコメディアンとして知られているけれど、単純におかしな物語を描いているのではなく、笑いと涙の人情劇であるということ、もしかしたら悲劇と喜劇のあいだには実はそれほどの大差はないのではないか?ということを漠然と考えさせられた。



この作品を一言でいうならやはりラブストーリーになるのだろうが、浮浪者(チャップリン)と盲目の花売り娘、浮浪者とアル中の富豪という2つのプロットがあって、その中に僅かだけれど社会風刺が盛り込まれている。基本的に浮浪者と富豪のプロットはギャグで進行していき、浮浪者と花売り娘のプロットはお決まりのロマンスという感じだが、富豪と花売り娘が直接的に関わり合うシーンは一度もなく、チャップリンが両者のあいだを行ったり来たりすることで物語が展開する。そこでなんといっても富豪の性格が酒を飲むと変わるという発想がすごい。どう考えても無茶苦茶なアイディアのように思えるのだが、あり得ないような突飛な発想がチャップリンの映画ではなぜだかもっともらしく見えてしまう。このふざけた発想で何度も物語を動かし、観客を惹き付けていくのだからただただすごいとしか言いようがない。

大恐慌による混乱の影響もはっきりとうかがえる。この映画がロマンスとはあまり関係のないヘンテコな除幕式で始まっているのもチャップリンがさりげなく盛り込んだ批判的なメッセージだ。「平和と繁栄の記念碑をこの町の人々におくる」という文句で始まる式典は、居合わせた浮浪者が終始関係者をおちょくって幕を閉じる。このオープニングの記念碑はあとでもう一度スクリーンに映るけれど、通りを行き交う人々は誰一人として見向きもしていない。一体誰が望んだのか?市民のための記念碑なのか?誰のためのモニュメントなのか?チャップリンが感傷的なドラマを排除して社会性のあるモチーフを選択したのはこのあとの『モダン・タイムス』と『独裁者』が真っ先に挙げられるけれど、この時点からすでに社会風刺的色合いを帯びはじめているようだ。



何度も観返しては『街の灯』(City Lights)というタイトルに込められた想いについて考えを巡らせている。舞台はとある街、主人公はそこに生きる人々だ。浮浪者はいつもながら飢え、花売り娘は同じ年頃の娘たちと同じように恋人とデートすることも叶わず、祖母と二人暮らしの貧しい生活。そして何不自由のない人生と思われる富豪は金持ちだけれどアル中に悩み、自殺未遂を起こしてしまう。チャップリンはどんなに成功しても大衆の心理を分析し、社会的弱者や異端者に手を差し伸べることを忘れなかった。浮浪者を小馬鹿にする新聞売りの少年たち、通りを行き交う人々や車といった街の風景を常にスクリーンに捉え、三人のはみ出し者にスポットを当てつつもチャップリンは民衆を、人間の本質を描いたのだ。

こんなにも純粋な物語を作ってしまうチャップリン!チャップリンがいてくれて本当によかった!と、心からそう思う。盲目の花売り娘に恋をしてしまう浮浪者チャーリー。彼の想いはあまりにも一途でピュアなために、些かの幼児性さえも感じさせる。我々はいつものように彼がフラれてしまうことを直感的に知っているし、無意識のうちにそのような展開を望んでもいるのかもしれない。さらに不幸なことに、花売り娘はチャーリーのことを金持ちの青年と思い込んでしまっているあたりが悲劇を倍増させる。

そして映画史に残る屈指のラストシーン!娘を見つけたときのチャップリンの驚いた表情と、その後の切なげな笑顔が観る者の涙腺を崩壊させる。チャップリンのこの表情はポストカードにもなっているくらいもっともよく知られた肖像であり、実は美男子でもある素顔を思わせる純真な眼差し!無声映画だからこそ可能であった美しくも残酷な映画!


街の灯
製作年:1931年 製作国:アメリカ 時間:86分
原題:CITY LIGHTS
監督:チャールズ・チャップリン
脚本:チャールズ・チャップリン
作曲:チャールズ・チャップリン 音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:チャールズ・チャップリン,ヴァージニア・チェリル,フローレンス・リー





街の灯 (2枚組) [DVD]
紀伊國屋書店 (2010-12-22)

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