2012-03-03

戦時下、ずれたコミュニケーションが笑いを誘うヒューマンドラマ『ククーシュカ ラップランドの妖精』(2002年・ロシア)


第二次世界大戦末期のフィンランド。その最北端にあるラップランドではロシア軍とフィンランド軍が戦闘中であった。そんななか、フィンランド軍の狙撃兵ヴェイッコは非戦闘的な態度をとったために罰としてドイツの軍服を着せられたまま岩に鎖でつながれ、戦友らに置き去りにされる。一方、ロシア軍大尉イワンは軍法会議にかけられる護送中に味方の戦闘機に誤爆され、重傷を負ってしまう。敵対する二人の男は原住民のアンニという未亡人に保護され、そこで奇妙な同居生活がはじまる......

この作品は第二次大戦という背景がありながら、戦争の残虐さや痛ましさを全面的に描き出すというよりは、コミカルなヒューマンドラマに仕上がっているので戦争という悲劇を一瞬忘れてしまうほど面白く眺めてしまう。もちろん戦闘機が頭上を飛び交い、銃を構える狙撃兵の姿というのも物語のはじめに映し出されるわけだけれど、戦場から一歩離れたアンニの家でヴェイッコとイワン、アンニの三人が繰り広げるドラマは完全に喜劇と呼んでもおかしくないかもしれない。戦争を舞台にした映画でこんなことを書くのはどこか不謹慎な感じもするが、そのような印象の映画であるから仕方がない。

この映画の面白さは戦争という悲劇に翻弄されて出会ったヴェイッコとイワン、アンニの互いの言葉が全く通じないということ。ヴェイッコはフィンランド語、イワンはロシア語、アンニはサミー語しか理解できず、さらにドイツ軍服を着ているヴェイッコをドイツ人だと思い違えたイワンは「クソくらえ」と罵り、ロシア語を理解できないヴェイッコはその言葉を聞き間違えてイワンの名前だと勘違いし、「クソクラ」とイワンのことを呼ぶようになる。終始このようなぐあいに、全く言葉の通じない三人のずれたコミュニケーションが笑いを誘うのだ。

また、戦争に行った夫の帰りを待つアンニは久しぶりに目にした男の姿に興奮しており、丸太を運ぶアンニを手伝おうとするヴィエッコが彼女の手に触れると、「触らないで!濡れちゃうから」とヴェイッコを叱りつける。手を振り払われたヴェイッコはアンニの冷たい態度に苦しむ。やがてアンニがヴェイッコに惚れていることに気がついたイワンは、相手が自分でないことに腹を立て、拗ねてしまう。元気のないイワンをアンニはキノコを食べて体を壊したのだと勘違いし、すごくまずそうな特効薬を呑ませて励ます。

こうした誤解だらけの共同生活が適度なバランスを保ち成立していたのはアンニの存在がなければ不可能なわけだが、ヴェイッコとイワン、特にイワンはヴェイッコのことをドイツ人だと完全に決めつけており、戦争なんてしたくないと説明するヴェイッコを終始罵倒し続け、アンニのいないところで常に二人は口論をしている。それでもアンニが「ご飯よ」と言うと(もちろん言葉は理解できないので、なんとなく食事なのかという感じが伝わるわけだが)「ああ、飯か」みたいなほっとした雰囲気がヴェイッコとイワンのあいだに流れる。こういったシーンからは陳腐な言い方になってしまうけれど、国は違えど人類はひとつなのだということをあらためて感じてしまう。

そして見終えた感想は、どこか惜しい作品だなということだ。もう少しですごく良い映画になりそうなのに、どこか手放しで面白かったと言えない部分がある。それは物語のはじまる前に字幕が入り、この映画はこういう物語です(敵対する二人の男が原住民の女性の家で出会い、三人は言葉が通じません)ということが明らかにされてしまうからだろう。もちろん説明されなければフィンランド語もロシア語もサミー語さえも同じ言葉に聞こえてしまうのだろうが、これらの言葉が聞き分けられるようであったのならもっと作品に深みが出るのだろうと思う。もしくは字幕を工夫するなどしてそれらしい雰囲気を出してもらえれば、だいぶ印象は変わっただろう。それでも不思議な魅力を持った映画であることに違いないのだけれど。

それにしても『ラップランドの妖精』という邦題はやや的外れというか、ポスターの雰囲気もちょっとやりすぎである。アンニが妖精ということになるのであればこれはちょっと閉口してしまう。ロシア語の「Kukushka(ククーシュカ)とは英語でいうところの「Cuckoo(カッコー)」、自分の巣を持たずに他の鳥の巣に卵を産み落とすカッコー鳥のこと。この意味深なタイトルも最後の最後に明らかになる。もしかしたらこの映画の下敷きになったのは、ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』(1937年)ではないかと勝手に想像しています。


ククーシュカ ラップランドの妖精
製作年:2002年 製作国:ロシア 時間:104分
原題:KUKUSHKA
監督:アレクサンドル・ロゴシュキン
出演:アンニ=クリスティーナ・ユーソ、ヴィッレ・ハーパサロ、ヴィクトル・プィチコフ


ククーシュカ ラップランドの妖精 [DVD]
video maker(VC/DAS)(D) (2006-11-03)

2 件のコメント :

  1. とんちんかんな誤解が許されている? 状況って、
    実は凄く贅沢で貴重なものなんだな、とこの年になってと思います。

    実生活では、誤解を生まないように相手に伝えることがとても重要であり(特に仕事面)、
    誤解を誤解として面白がることが昔ほどできなくなってしまったかも。

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    1. ぐっどさん、こんばんは。そうですね、ジョークもジョークとして通じればいいのですが、なかなか人間関係って難しいなと思います。そういう私も気分屋なので、偉そうなことは言えませんが...。この映画で面白いのは誰一人として誤解に気付いていないというところです。とんちんかんな誤解が連発する状況を楽しむことができるのは、実は観客だけなのです。本人たちは必死なのですね。そういう状況って、当事者が気付かないだけで我々の日常でも意外と頻繁に起こっているかもしれませんよね。

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