2012-02-01

ニコラ・フィリベール『かつて、ノルマンディーで』(2007年・フランス)

引き続きニコラ・フィリベールの映画について書く。

ニコラ・フィリベールの作品をいくつか観たなかで一番面白かったのは『かつて、ノルマンディーで』(2007年)という映画であった。タイトルどおり、ノルマンディーで過去に起きたある出来事を、現在そこに暮らす人々のインタビューや交流を通じて見つめ直すというドキュメンタリーである。




ノルマンディーのとある農村に暮らす人々は30年前にある映画に出演したことがあった。その映画というのは19世紀にこの土地で実際に起きた、一人の青年による家族殺しを題材にした映画である。タイトルは『私ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺した』といい、この作品にフィリベールは助監督として参加していたのであった。30年ぶりに舞台となった土地を訪れ、当時映画に出演した人々に再会し、さまざまな話を聞くなかでフィリベール自らも原点を見つめ直しながら、そこに暮らす人々の人生のドラマを紡ぎ出す。

この作品はノルマンディーの小さな農村を舞台にした三つの出来事が折り重なるようにして語られていく。まず、ニコラ・フィリベールがこの土地に暮らす人々の話を聞いてひとつのドキュメンタリー映画を作ろうとしていること。その理由は先にも書いたように、30年前にこの村である映画の撮影が行われたことに関係している。フィリベールもその映画の撮影には助監督として参加していたからだ。そして、そのときに劇中の主要人物を演じたのは演技経験の皆無なこの土地の人々であった。なぜまったくの素人を起用したのかといえば、『私ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺した』というその映画は、19世紀に実際にこの村で起きた事件を題材にしたものであったからだ。

この映画は地味になることをおそれない。特に冒頭の養豚所の光景や、ノルマンディーの片田舎の農作業風景が淡々と流される序盤は、30年前の映画出演者へのインタビューが織り込まれてはいるものの、非常に退屈な印象ではある。なぜかといえば、映画出演者が撮影当時を回想し、それぞれの思い出を語っても、30年前に撮影された映画の内容が明かされないので観ているほうは何のことだかさっぱり理解できない。

もちろんフィリベールはこのかなりマイナーな映画をほとんどの観客が知らないだろうということを想定してこの作品を組み立てている。なので、『私ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺した』の映像がはさまれた瞬間、今ここでカメラに向かって思い出を語る人々の姿が30年前と重ね合わされ、この映画はぐっと魅力を増してくる。

この映画に登場する人たちはほんとうに普通の人々だ。ごく普通の人たちが普通の生活のなかで経験するドラマというのはリアリティがあり、私たちにすごく近いように感じられる。ミッシェル・フーコーに触発された映画監督がこの土地で起きた事件を題材に映画を撮ろうと決意し、そこに暮らす人々を役者として出演させることを思いついたがために、たまたま映画に出ることになった人たち。彼らは30年前の数ヶ月間、役者として撮影に参加し、その後は普通の暮らしに戻っていった。そしてどの出演者も、役者として過した短い期間は良い経験だったけれども、映画に出たことによってその後の人生になにか大きな変化があったというわけではないと語る。

しかし彼らの30年間の人生を聞くと、決して平穏な日々ではなくそれぞれに紆余曲折があり、波瀾万丈であったり、どの人の人生も一本の映画になりそうなドラマを孕んでいる。彼らは30年前に映画に出演したことを人生の中の良い思い出のひとつとして抱え続け、ひそやかにフィリベールと繋がり続ける。そしてフィリベールが彼らの元をたずねたことによって、兄弟だったり近所の人であったり、疎遠になってしまっていた共演者たちの人生は再び交差し、30年という歳月をも容易に越えて結びつくことができるのだ。

フィリベールはこの作品でノルマンディーの農村に暮らす元出演者だけではなく、観客に向かっても映画を手繰り寄せようとしている。ハリウッドの娯楽映画が蔓延るなかで私たちの手から離れてしまいそうになっている映画を、より身近なものに、大袈裟な言い方をすれば、人生の一部として抱擁し得るような世界を作り出そうとしているのではないか。そしてフィリベールの作品というのは日常から離れていきそうな映画と私たちのあいだを取り持つような、そんな映画のような気がしている。


かつて、ノルマンディーで
製作年:2007年 製作国:フランス 時間:113分
原題:Retour En Normandie
監督:ニコラ・フィリベール
出演:ドキュメンタリー


かつて、ノルマンディーで [DVD]
VAP,INC(VAP)(D) (2008-07-25)
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