2013-11-17

日曜の朝、ルー・リードの死



ルー・リードの死から三週間が経った。生前最後のインタビューや写真が公開されたり、多くの雑誌でルーの特集が組まれたりしているけれど、それでもまだ信じられないというか、受け止められない気持ちのほうが大きい。ふとルーのことを考えると今も頭がぼーっとして、逝去のニュースからずっと微熱にうなされているような、浮ついた感じが続いている。2、3年前からその姿を写真で拝見するたびに、痩せたなあと感じることが多くなっていたから、いずれこんな日が来るとどこかで覚悟していた自分もいるのに、なぜだろう?この人はそう簡単には死ぬことはないだろうって、本当に勝手だけれど冗談ではなく真面目に思っていた。




とても個人的なことを書くと、4月に父が病気で亡くなった。父の死後、何もなかったかのようにこのブログをせっせと更新していたけれど、どうしても父の死には触れることができなかった。私にとってはそれほどの出来事だったのだと、最近では少し冷静になって話しができる。父とルーは同い年。父と同じようにルーも糖尿病を煩っていたと聞く。私にはどうしても二人の死が重なってしまう。だからルーにはもっと生きて欲しかったし、死なない気がするなどと真剣に考えていたのだと思う。ルーの死を知った時、長い放心状態のあと、とても大きな悲しみがやって来た。そしてなにより父のことを思い出して辛かった。

ちょうど一年前にルー・リードという記事を書きました。私はルーが好きだった。ルックスも大好きだし、ぼそぼそと呟くお経を読んでいるような不安定な声にも完全に虜だったし、なによりも作家としてのルー・リードに憧れていた。十代の終わりに、いつか「Perfect Days」みたいな、なんてことはない日常を切り取った小説が書きたいと、漠然と壮大な夢を見させてくれたのもルーだった。韻を踏みに踏みまくった呪文みたいな歌詞を完璧に言えるようになるまで暗記してみたり、最初に覚えたのは「Femme Fatale」で、 You're written in her books / You're number 37, have a look という部分の響きがとても気に入って、綺麗に発音できるように練習してみたり。「Gift」や「The Murder Mystery」のようなルーの書いた物語を聴いているのも楽しかったから、ルーのアルバムは必ず訳のついた国内盤で揃えると決めた。






ルーが亡くなったのは10月27日、日曜の朝だったという。訃報が飛び込んで来た10月28日の早朝、私はベッドの中でipodから真っ先にこの曲を選んで聴いていた。これが、初めて耳にしたルーの歌声だったから。実はこの曲も当初はニコが歌う予定だったそうだ。ウォーホルの一声で突如として転がり込んで来たニコに楽曲を横取りされる形になったルーは、すでに3曲も歌っているニコに対して、「Sunday Morning」を歌うことだけは絶対に許さないと憤って、わざと女みたいな甘い声で歌ったのだと。

バナナのジャケットのアルバムを初めて聴いた時のことを私は鮮明に覚えている。1曲目と2曲目でルーの歌い方が全く違うものになっているし、さらにニコの声も男だと勘違いして、リード・ヴォーカルが3人いるバンドって一体?ビートルズみたいなバンドなのかなぁ?と、まだ洋楽を聴き始めて間もない頃の出来事だった。よくよく考えるととんでもない発想。

でも、1曲目が「日曜の朝」じゃなかったら、このアルバムを心底好きになれたかどうか分からない。私にとって、バナナは「ヘロイン」でも「毛皮のヴィーナス」でもなく、「日曜の朝」とニコがヴォーカルを取った3曲なのだ。そんなルーの優しい感じの曲が本当に大好き。今はまだ悲しみが消えないけれど、ルーの曲がこれからも私の人生に寄り添ってくれると思うだけで心強いし、笑顔の自分を取り戻せるような気がしてもいます。

ルー、どうか安らかに。ありがとう。




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