2012-02-23

発掘!メキシコのジム・ジャームッシュ?『ダック・シーズン』(2004年・メキシコ)


2004年のメキシコ映画界の賞を総嘗めにしたという『ダック・シーズン』は、フェルナンド・エインビッケ監督の処女作で、日本では2006年に公開されている。この映画は白黒なのだが、最近のモノクロ映画というのはアート系だったり昔の映画へのオマージュだったりと、どこか監督の小難しいこだわりが付随しがちになるもので、しかしこの作品はそうした堅苦しさとはまるで無関係ともいわんばかりにかなり力が抜けている。

エンドクレジットでこの監督は小津安二郎とジム・ジャームッシュへ敬意を捧げているのだけれど、二人の影響がこの作品に色濃くあらわれていることを堂々と公言しても、そのことがこの映画の面白さを半減させるなどということは決してない。日本での「発掘!メキシコのジム・ジャームッシュ!」というフレコミはあながち間違いではないのだが、物語の空間を漂う妙な可笑しさと味わいはやはりこの監督独自のもので、冒頭のわずか数分で観客を惹き付けてしまう映像面での面白さというのも若手ならではの感覚がうかがえる。コカ・コーラとスナック菓子がここまで格好良くスクリーンに登場した映画って今まであったっけ?

物語のはじまりは、とある日曜日に留守番を頼まれた悪ガキたちの心理を扱った映画といった印象である。しかし焦点をそこにあわせるのではなく、あちこちに脱線していくのがこの映画の面白さだろう。まず隣の家に住むリタという女の子がオーブンを貸してくれと言ってやってくる。しかし戸棚を覗いたり冷蔵庫を覗いてつまみ食いをしたりして、何をすることもなくただぶらぶらしているだけだ。しかもリタと悪ガキたちのあいだにはなかなか交流がない。リタはリタでぶらぶらし、悪ガキたちは悪ガキたちで暇を持て余す。そこへピザ屋の配達がやってきてドラマは動き始めるのだが、劇的な展開にはならず、むしろ停滞して舞台が部屋の中に限られるようになる。その停滞した空間で4人それぞれが抱える小さな秘密が明らかになっていく。タイトルに見る「飛べないアヒル」である4人がなんでもない日曜の午後の触れ合いを通して互いに癒され、飛び立つ勇気を分かち合う感動的な物語と捉えることもできるけれど、決して感傷的な物語ではない。あくまでも細部にちりばめられたユーモアを楽しむといった感じの映画である。



しかし驚くのがさして何も起こらないこの作品がメキシコ映画だということである。おそらくこれがメキシコ市街の路上や広場を舞台にしたものであったなら、これほど我々の笑いと共感を誘うような作品にはならなかったのではないかと思う。マンションの一室という生活空間での特別な日でもなんでもない日曜日の出来事というのは、人生のうちに誰もが持ち合わせた時間であろう。その時間にたとえドラマチックな出来事でなくても、何か楽しいことが起こりそうで起こらないような、ありふれた平凡な日曜日に小さな幸せを感じたときの心の動き、喜び、清らかさ。この映画は私たちが日常的に無意識のうちに求めているような幸せを切り取ってみせたのではないだろうか。あるいは私たちがほんとうに求めていた映画ともいえる。ある人にとっての幸せというのは癒しであったり、笑いであったり、仲間との会話であったり、幸せの種類も尺度もさまざまあるに違いないのだが、特別な事件がおこらなくとも幸福な時間が流れているというのは、人生のもっともらしい幸福の姿だろう。この映画を魅力的に感じる大きな理由もそこにあるのではないだろうか。そしてこの映画は単純に肩の力を抜いて楽しめばよいという、映画を観ることの幸せについてもあらためて気付かせてくれる。


ダック・シーズン
製作年:2004年 製作国:メキシコ 時間:90分
原題:Temporada De Patos
監督:フェルナンド・エインビッケ
出演:エンリケ・アレオーラ、ディエゴ・カターニョ・エリソンド、ダニエル・ミランダ、ダニー・ペレア


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