2012-01-12

ジュリアン・シュナーベルの映画について

私はジュリアン・シュナーベルのことを映画監督、脚本家として認識している。というか、映画監督としてのキャリアしか存じ上げないのだが、彼はもともと80年代の新表現主義を代表する画家であって、かつてウォーホールがそうであったように、すぐれた画家は映画も撮るという方程式にあてはまってしまった人なのだろう。多才なアーティストである。

私は彼が映画監督として手がけたこれまでの作品(最新作『ミラル』をのぞく)を気がついたらすべて観ていたわけだが、彼の作品とは相性が良いようだ。なぜかと聞かれるとこれがまた返答に困ってしまうのだが、トリュフォーやチャップリンやリヴェットのように人物像も含めてどの作品も物凄く好きだという感覚とはまた違って、そよ風が頬を撫でるような感じとでもいえばよいのか、なんとなくひっかかるもの、興味を惹くものがどの作品にもひとつやふたつは必ずあって、色彩だったり、音楽だったり、散文詩のようなイメージだったり、物語そのものが面白かったりとさまざまなのだが、どれも私のアンテナにひっかる感じなのである。


彼が最初に監督したのは『バスキア』(1996年)である。スプレーのペイントで一躍有名になりヘロインの過剰摂取により27歳で亡くなったジャン=ミシェル・バスキアの伝記映画で、同志であったシュナーベルも身を置いていた、ウォーホールが君臨していた80年代のニューヨークにおけるアートシーンを切り取ってみせた。まず音楽がとても良くて、P.I.Lやイギー・ポップやトム・ウェイツなんかをチョイスしている。そしてキャストがすごい。デニス・ホッパー、デヴィッド・ボウイ、ゲイリー・オールドマン、ヴィンセント・ギャロ(!)ボウイのウォーホールが想像以上の出来映えである。冒頭と最後にバスキアの夢?という形で、お伽噺とでもいうような象徴的な物語が描かれるが、これもアーティストならではの発想なのかもしれない。


そして次に芸術家、同性愛者であることを理由に激しい迫害の対象とされたキューバで、生き続け、書き続けた作家レイナルド・アレナスが死の直前に綴った伝記『夜になるまえに』を映画化(2000年)する。レイナルド自身の言葉を意識してつくられた映像がまず目にとまる。私はこのレイナルド・アレナスという作家の『めくるめく世界』という小説を読んだことがあるのだが、ストーリーが突如と枝分かれし、こうである場合とこうだった場合と、さらにこうであれば〜というような現実と過去と未来と空想を行き来するような不思議な小説で、とにかく言葉のエネルギーに溢れた、稀代な小説家という印象を受けた。この映画は一人の男が生まれてから死ぬまでを淡々と描いたもので、とても平坦な印象を受けるのだが、それはこの映画が全体としては自伝であるのに主人公自身の言葉によって語られる出来事があまりに少なく、あったとしてもそれらの言葉はどれも長く、歌のような響きを持ち、韻を踏んで詩のようにも聞こえ、言葉自体の意味がよく分からないからだ。実際にそれらはレイナルド自身による散文詩のようなものなのだろうと思うのだが、ひとつの小説を言葉ではなく映像で語ろうとすれば、海やさとうきび畑、兵士の乗ったトラックなどの意味がイメージとして語られるので、なんだか単調な印象になる。そこで、ショーン・ペーンは完全に客を集めるためのカメオ出演といったふうになり、ジョニー・デップが二役、しかも女装して登場するもほんの数分だったりするのだが、原作を読んでみたいと感じさせるような作りになっている。少なくとも私は是非とも原作を読んでみたいと思いました。そして読んだのである。


おそらくシュナーベルの映画でもっとも知られているのが『潜水服は蝶の夢を見る』(2007年)であろう。ELLEの元編集長であったジャン=ドミニク・ボビーが突然の脳出血により身体の自由をうばわれ、病床で唯一動かすことのできる左目の瞬きだけで綴った自伝の映画化である。この作品は物語自体もとてもいいのだが、映像作家としてのシュナーベルの腕前をもっともよくみることができる。非常にいらだたしい冒頭のぼやけた映像、これは主人公のジャン=ドミニク・ボビーの視線である。私たちが感じるいらだちこそまさに主人公のいらだちでもあり、スクリーンの向こう側の人物と観客との共有部分だといえる。主人公はこの焦点の定まらないぼんやりとした視界の左目で本を書くのであるから、冒頭の映像はとても重要な役割を担っている。そこで、カメラが主人公の視線を離れ、外側から主人公の姿をうつすとき、観客は一瞬にしていらだちから解放される。この解放感こそが我々をこの物語に引き込むために用意された巧みな仕掛けである。こうした映像のうまさがこの作品を最後まで安心して観ることができる大きな理由のひとつなのであり、ジュリアン・シュナーベルという人がすぐれた映像作家であることを証明しているのである。



さて、今日はこのあとシュナーベルが手がけた『ルー・リード / ベルリン』(2008年)を中心に書くつもりでいたのだが、時間がないので明日ということにする。


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